2018年8月5日日曜日

境川の寄り道 ~昭和の自動車に会いに行く・一日目~



関節が痛む季節も終わったので、一気呵成に、遠くまで走るゾ!!・・・と宣言したいところですが。
いかにも暑い。暑すぎでございまする。。。

今年は梅雨明けが早かったですね。私の関節には雨の日が少ないのは有り難かったのですが。
ここまで雨が少ないと、八月に渇水してしまうのではないかと心配です。
神奈川はカラカラなのに、西日本は大雨で未曽有の災害が起こってしまいましたし・・・
年々、気候の変化が極端になっている気がして、その点もまた、心配です。

四十年位前には、台風の度に鶴見川が氾濫して、この辺りも洪水に見舞われました。川の近くを歩いていて、亡くなられた方もいた筈。ともかく汚泥の処理が大変だったそうです。
大雨災害の犠牲になられた方々のご冥福をお祈りしますとともに、被災された皆さんのもとに、一日も早く、穏やかな日常が戻りますことを、祈念致しております。



そんな訳で、七月の声を聴くと同時に梅雨明けで連日三十五度近い猛暑。「だらしがない!」・・・と言われてしまうかもしれませんが、この気温の中で峠上ったり遠くまで走ったりは無理っぽい。。。
なので、鶴見川や境川CRを行ったり来たりと相成るわけですが、当然ながら変化に乏しく、ツマラナイ。
玉屋食堂も廃業してしまったというし・・・
先輩方、いかにも見飽きたサイクリングロードの景色に、ちょっとした変化を与えてくれるようなスポット、教えて戴けませんでしょう・・・か?
取り合えずは、気になりつつ立ち寄ることが出来なかった場所を、順番につぶして行こう!!というのが、これから数回の更新のテーマです(笑

ダラダラと前置きが長くなりましたがm(_ _)m、まずはココから。




カワセミもいたりする境川CR

今日は湘南台辺りをウロチョロ・・・

『いすゞプラザ』!



横浜市立の学校の工場見学って、いすゞの藤沢工場へ行くか、さもなければ森永製菓の鶴見工場という感じだったのですが・・・今は違うのでしょうか?
『いすゞプラザ』はいすゞ自動車藤沢工場に併設されたプチ・自動車博物館というか、広報資料館というか。
歴代のいすゞ製車両を無料で見学できる展示施設です。ワタシ的には、「無料」という点が、とても大事!(`Д´)ゞビシッ! ただし、見学にあたってはコチラの公式サイトから、事前に予約しておくが必要です。
私の場合は、訪問日の三日前に予約を取ることが出来ました。
境川CRからは、相鉄線のガード脇から真直ぐ上って湘南台駅前を過ぎ、藤沢北警察前を右折。駐輪場の場所は警備員の方に教えて貰いましょう。併設のカフェ(SAKURA Café)裏のスペースに案内されるはず・・・です。

当然、皆さまは自転車で見学に行かれることと存じますが(笑)、一応、無料の送迎バスが湘南台駅との間を往復しているとのこと。
『いすゞプラザ』の駐輪スペースにはバイクラックや地球ロック出来そうなものが見当たらないので、高価なバイクにお乗りの場合、駅前の有料駐輪場に預けて、送迎バスを利用する方が安心かもしれませんね。

では、中へ。




最初に作られたトラック・ウーズレーCP型


「地域活性化に役立つ近代産業遺産」認定証

陸軍自動貨車ウーズレー号として採用された旨を宣伝する1924年のカタログ



10:00からの見学を予約したのですが、三十分ばかり早く着いてしまい、周りをウロウロ。例によって、ポロい服装と相まって不審者そのものですが、受付の美人はそんなことをおくびにも出さずに、入館証を渡してくれます。
基本的に自由見学の模様で、時間に余裕があるのでむしろ有り難いです。

受付で貰ったパンフによれば、大きく分けて館内は三つの展示室に分かれているらしい。受付があるエントランスには、最初に作られたトラックであるウーズレーCP型が展示されています。

東京石川島造船所が英ウーズレー社(Wolseley Motor Co.)と提携してライセンス生産したもので、満州事変で活躍した陸軍のウーズレー装輪装甲車は、このトラックを改造して作られました。
展示されている1924年(大正十二年)のカタログには、同型の1.5トントラックが陸軍自動貨車ウーズレー号として採用され、「陸軍自動車学校・歩兵学校戦車隊・重砲兵射撃学校・輜重兵代替等にて盛んに活躍して、機関の堅牢瓦斯倫(ガソリン)消費量其他経費の僅少事等幾多の特長を持って」いる旨が宣伝されています。










製品年表が描かれた廊下を歩くと、現れたのは巨大なジオラマ。
縮尺はHOスケールだそうですが、夥しい数のミニカーが縦横に動き回る様は壮観。ちゃんと点灯するゴマ粒ほどの信号機に従って、ゴーストップ。ウィンカーばかりか、夜には前照灯/テールランプまで点灯する芸の細かさです。

入館者にお子さん連れのお母さんが多い理由が、これで分かりました。

  子どもたち、大喜び

オトーサン達には、懐かしいFFジェミニのCMを再現した小ネタも、しっかり用意されています!(笑)

↓↓↓暗所に弱いカメラの為、あまりキレイに撮れてないですが・・・(注:長いです)↓↓↓








実物は必見です。パパは夏休みにお子さん連れで、ぜひ。

次は現役車両を見学できるエリア(『運ぶを支えるいすゞ』)。

ショールームを思わせる、明るく広い展示室。ここでのピンは、何といってもいすゞSKWこと、自衛隊の3 1/2tトラック(73式大型トラック)でしょう。
テレビなどでは目にする機会が多い車両ですが、国防色に塗られた巨体を、一般人がゆっくり観察できる場所は、とても少ないはず。

    荷台・運転室に乗れます!
    お母さんたちの手を離れるが早いか、運転台によじ登って
  子どもたち、大はしゃぎ

幌を掛けられて薄暗い、荷台の上のベンチに腰を下ろすと、「すわ、出動!」・・・という感じで、緊張します(^ ^;)




SKW477MW3型  六輪駆動  3 1/2tトラック

荷台最後部からの眺め意外に広い運転室6速ATのセレクタ









その他の展示車  コ字断面のフレームと、Uジョイントのゴツさ!

普段こんなトコ撮ったら、怒られちゃうよね!



見慣れた筈の低床式バスやトラクターヘッドも、こんな間近から、色々な部分を観察できる機会って、ホント、無いですよね!(≧▽≦)
何となく、その道のプロだけが目にすることを許される、禁断の領域を覗いてしまうようで、ドキドキが止まりません!

  子どもたち、テンションMax

展示室の北面の壁の前には、道路を挟んだ向かいの工場で生産されている車両に搭載されるエンジンが、ズラリと並べられています。
普段目にする乗用車のエンジンと比べると桁外れの大きさですが、シリンダーやマニホールド・過給機などの鋳物の肌一つをとっても、部品ごとに微妙に表情が異なり、繊細な美しさを感じます。




6WG1Xエンジン(左・中)と4LE2Tエンジン(右)    排気量はそれぞれ、15,681cc(!)と2,179cc



二階に上がって最初の展示室は、製品が出来るまでを紹介する『いすゞのくるまづくり』と名付けられたエリア。
設計・開発から試作までのプロセスを紹介する前半と、生産現場を知ることができる後半とに分かれています。

この手の資料はとかく固くなりがちですが、アトラクティブな体験コーナーも交えて、飽きさせません。
おかげで、おべんきょうにがてなオッサンも、なっとく、納得。




工業用の化学粘土を用いた、外装検討用のクレイモデル

前輪車軸周りの設計図

操向装置の一部・ナックルの設計の概略(左)とUVレジンを用いるシリンダヘッドの試作品(右)




「キャビンが出来るまで」を紹介するコーナー



プロに言わせると、「こんなの見せて貰っちゃって、いいの(・・?」という展示資料もあるそうで。いすゞさん、太っ腹!

他のメーカーがゲフンゲフンして話題の、「完成検査」を疑似体験しながら、自動車の仕組みを分かり易く学べるコーナーもあったりして・・・

トラックの周りをあちこち動き回らなればいけなくて、大変でしたが、私はちゃんとやったよ!(笑

・・・てなわけで、お次がいよいよ、お待ちかねのクラシック・カー。




この辺は、自分のクルマのメンテにも応用できそう

私が触ると、何事もこんな為体・・・(>_<;)




二階南側は、『いすゞの歴史』と題して、同社が造った歴史的車両を展示するエリア。
歴代のトラック・バスの他に、かつて一時代を築いた同社製の乗用車も展示してあります。
多くの人にとって、乗用車の方がより馴染み深く、郷愁を誘う内容なのではないでしょうか?

入口で迎えてくれるのは、緑色に塗られた可愛らしいバス。同社の前身、石川島自動車製作所が1929年(昭和四年)に製造した『スミダ号M型(A4型)』です。
東京石川島造船所より独立した同社が、英ウーズレー社との提携を解消し、愛称を『スミダ号』に改めたのちの製品で、 カタログには、自動車工業を平時より育成し、有事の際に役立たせようとの趣旨で定められた「軍用自動車保護法」により助成を受けた「純国産自動車」であること、従って補助金下付の件で陸軍省の手続きが必要だが、同社より『スミダ号』購入するのは通常の商取引と変わらず、簡単であること・・・などが謳われています。

3,500円から6,500円のシャーシーに300円から2,500円のボディーを架装して、購入時にトラック1,000円バス750円・購入後五年間は年額400円から600円の補助金を陸軍から受ける事が出来る仕組みだったようです。
五年後のリセール・バリューも示して、お得な買い物であることを強調していますが(笑)、見積もりがシャーシー価格のみであることに注目。当時の悪路を走る木骨ボディーは、五年保たなかったのかも・・・しれませんね。




82.5×127mmの6気筒とあるので、
排気量4,071cc?
軸距3429mm・総重量3.5t・定員18人
と書かれた青図
デフの下にオイル受け




『スミダ号』が造られた頃は恐慌と軍縮による補助金削減のダブルパンチで、産声を上げたばかりの国内の自動車会社はどこも、経営難に喘いでいました。
価格・技術両面で圧倒的な競争力を持つ輸入車が、相も変わらず限られた国内市場を席巻している様子を見かねた商工省は、群立する国産メーカーが一致協力して、基本となる車種を作るように指導しました。
こうして、石川島自動車・ダット自動車製造(のちの日産の前身)・東京瓦斯電気工業(のちの日野自動車の前身)が協力して作り上げたのが商工省標準形式自動車で、TX型トラック・BX型バスいずれも、愛称『いすゞ号』と命名されました。

鮮やかな青に塗られた次の展示車両は、敗戦後の焼け野原で懸命に働いた5t積トラック、TX80型です。
(株)石川島自動車製作所は1933年(昭和八年)に自動車工業(株)・太平洋戦争開戦の年である1941年(昭和十六年)にヂ-ゼル自動車工業(株)へと改称し、戦後四年目の1949年(昭和二十四年)・同社の最も良く知られた製品の名前を冠して、いすゞ自動車(株)になります。
1946年(昭和21年)発売の本車は、既にヂ-ゼル自動車工業時代の製品ですが、戦後の資材不足によりディーゼル・エンジンが製造できず、水冷/直6・4,390cc・85psのDG32型ガソリンエンジンを積んで登場しました。

翌年にやはり85馬力のディーゼル・エンジンを搭載するTX61型が発売されると、市場からは好評を以て迎えられ、戦後のトラックを代表する名車「いすゞTX型」へ成長していくことになります。




キャブや荷台に、木で作られた部分が見えます!

ヂーゼル自動車工業時代のもの(左)と、昭和25年の流線形バスの型録(中) 同時期の米車に似た二階建てグリルの表紙(右)



「いすゞ」といえば、「エルフ」、なんでしょうか・・・?

1959年(昭和三十四年)にまず1.5t積ガソリントラックとして出発したエルフは、翌60年(昭和三十五年)に真打ともいえるディーゼルエンジン搭載車を加えると、キャブオーバーレイアウトの積載効率の高さ・DL型1,999ccエンジンの経済性が評価されて、忽ちベストセラーとなりました。
六代目にあたる現在のモデルに至るまで、小型ディーゼル・トラックの代名詞として永く親しまれるて来た原点、1963年(昭和三十八年)製造の初代モデルが展示されています。

翌年は東京オリンピックが開催された年なので、毎日忙しく街を駆け回っていたクルマなのでしょう。
高度成長期の活気を感じさせる姿は、実用一点張りというわけでもなくて、特に顔つきなど愛嬌が感じられます。。。




1963年式  初代エルフ  TLD20型





懐かしの乗用車コーナーの始まりは、1963年(昭和38年)型  ベレル・ディーゼル
英ヒルマン・ミンクスのライセンス生産から始まった同社の乗用車の歴史に、初めて登場した自主開発の六人乗り中型セダン。
1.5Lガソリンエンジンの他、エルフと同じ2Lディーゼルエンジンを積んだモデルも選べた日本初のディーゼル乗用車で、経済性の高さからタクシーや教習者として評判を得ました。
50年代後半に流行した「ファリナ・スタイル」に範をとったと思われるスタイルは、後のイタリアン・デザインへの傾倒を暗示していますが、販売当時は前後ドアの大きさが極端に違う点が、特にオーナードライバーには不評だったとのこと。
実物を前にすると、特に気になりませんが・・・

エナメル塗装の光沢は艶々して素敵ですが、濃色の車体を撮るにはちょっと、光源が多すぎる感じで、そちらの方が気になりました(笑




1963年(昭和38年)型  ベレル・ディーゼル


(左)後端が突き出した平らなルーフ  (中)フラミニアやプジョー404のサッシドアに対して、べレルはプレスドア








懐かしのフローリアンの面影を留める初代ファスター・・・ではなく、何故かシボレー版のLUV



オレンジ色が西海岸っぽいシボレー・LUVは、提携先であるGMの販売チャネルに載せるべく生産された、初代ファスターのリバッジモデル。
ダットサン・トラックがその典型ですが、米市場で日本車は、こうしたピックアップ・トラックから最初に、販路を得ていったのですね。

キャビンから前がモロ、フローリアン(笑



「ジェミニ」と聞いて、異国の石畳の上や噴水の周囲をクルクル廻ってる姿を思い浮かべてしまうのは、中年から上の年代だと思います(笑
「街の遊撃手」は二代目のジェミニですが、黄色い展示車は1974年(昭和四十九年)より生産された初代。あのCMの中では大体、二台一組で踊っていましたが、「ふたご座」と名付けられたこの初代には、海の向こうに兄弟が沢山いたことが思い出されます。
オペル・カデット(独)、ヴォクスホール・シェベット(英)、ホールデン・ジェミニ(豪)などなど・・・

ちょっと腰高に見えちゃうのが70年代的ですが、箱を三つ繋いだような、すっきり明快な形ですよね~(*´ω`*)




名車ベレットの市場を受け継ぐべく登場した初代ジェミニ


(左)プレーンなサイドビュー    (右)GMの世界戦略車「Tカー」の兄弟たちも紹介されているカタログ



英ルーツとの提携によって、乗用車分野進出の先駆けとなったヒルマン・ミンクスとか、『私のベレット』なんて映画(監督は何と、大島渚!)までが作られるほど、一世を風靡したベレット、117クーペの後継車ピアッツァとか、例の「街の遊撃手」二代目ジェミニは、実車ではなくミニチュア・カーが展示されています。

・・・ちょっと、寂しい(笑




(左)微かなテールフィンが50年代っぽい二代目ヒルマン・ミンクス  (右)モータースポーツの黎明期に活躍した「ペレG」


(左)80年代スペシャルティ・カーの草分け・ピアッツァ(奥)と初代ジェミニ(手前)  (右)二代目ジェミニ(FFジェミニ)



・・・次は歴代のエンジンを展示するコーナーですが、ちょっと奥さん大変。デッカイ空冷エンジンが、正面に鎮座ましましてよ

シリンダーに切られた冷却フィンが目を引く「スミダDA4型ディーゼル・エンジン」
説明板には、「陸軍の94式6輪自動貨車に搭載され、昭和十二年初頭、陸軍自動車学校の手で北満(現在の中国東北部)で耐寒試験に供された」・・・とあります。
直列4気筒5,321cc(ボア110×ストローク140mm)・自動車技術会の『日本の自動車技術330選』には、軍用トラック用統制型エンジンとして1939年(昭和十四年)に採用されたディーゼルエンジン・DA40型が紹介されていますが、こちらは同じ予燃焼室式ではあるものの、水冷式6気筒とのこと。
寒冷地では水冷よりも始動性が優れる点に軍が着目し、開発したものの、試作に終わった・・・ということなのでしょうか?








掉尾を飾るのは、ご存知117クーペ!
展示車はもち、「ハンドメイド」でございます。
やっぱり、いいな、いいな~















・・・てなわけで、予約した持ち時間である一時間半はあっという間に過ぎてしまい、最後の方は次の見学グループに混じって見学したのでした(^ ^;)

境川CRに戻る頃には昼食の時間だったので、知る人ぞ知るベトナム・コミュニティ・県営いちょう団地でフォーを食べて帰りました。





パクチー大サービス!





南ベトナムが消滅した時に、南林間の定住促進センターで難民の人達をお世話した縁で、この団地にはベトナムの人達が住むようになったそうです。
だから店名が、ホーチミン市の旧名なのかな?

冒頭に書いた通り、殺人的な暑さが続いた七月。まとまった距離自転車で走るのはキツかったので、近隣にある無料の広報施設めぐりをしたのですが(笑)、この数日後に、展示台数という点では国内屈指という施設を見学して、尚更、いすゞプラザの展示方法の巧さを感じました。

一台一台がたっぷり空間をとって配置されているので、様々な角度からクルマを観察できるできるのがいすゞプラザ最大の美点です。
加えて、見学時間のリミットも特に注意されることも無いので、気になる展示の前では思う存分、足を停めることができます。
その車が造られた当時の時代背景を伝える資料をさりげなく、上手に展示してあるのも魅力。
製品が出来るまでを紹介する体験型の展示も、特に子供たちには人気のようでした。

・・・そんなわけで、全方位スキがなく、無料なのに大いに楽しめるいすゞプラザでしたが、個人的には、ベレットは展示して欲しかったです(笑
子供さんは、文句ナシに楽しめるんじゃないかなぁ~?
夏休み、お子さんと一緒に、いかが?



そんなわけで、ロハの消夏法に味をしめたぶたさん。
当然、「昭和の自動車に会いに行く」二日目・三日目へと続きます(笑




0 件のコメント: