2018年5月16日水曜日

粥仁田峠・秩父高原牧場・釜伏峠



私の中ではなんとなく、「春」といえば、「奥武蔵」なワケですが・・・なんとまあ、去年は一度も足を向ける(車輪を向ける?)ことなく、過ぎてしまいました。。。
さすが先輩方は、越生梅林とか、都幾川の桜堤とか、今春も旬の時期を外さずに走っておられたようです。それにひきかえ、私は・・・ツツジ位しかないこんな時期に、発作的に遠乗りしてしまう無計画ぶり(汗
大型連休の初日に、東秩父村の粥仁田峠と秩父高原牧場に行って来ました。

往路は町田街道~R16~r30~r11、復路はR140~R254~R407~行政道路~府中街道~鶴川街道と繋いで220キロ。
本当に久し振りに、まとまった距離を走ることが出来ましたが・・・

動悸息切れ早鐘失速 多汗発汗汗だく落涙 疲弊困憊気息奄々 挫折消耗立ち腐れ・・・(>_<;)

あまり期待はしていませんでしたが、牧場名物「天空のポピー畑」の開花は、案の定、まだまだ先でした。。。

一時に出発予定でしたが、ライトの調子が悪く接点復活スプレーを吹いたりなんかして、結局自宅をあとにしたのは二時近くでした。
真夜中サイクリングは二月の山サイ以来で、本当に久しぶり。ワクワクしてあまり寝れませんでしたが、年末の武蔵野フラフラ以来四か月ぶりに引っ張り出したロードバイクの調子がイマイチ。前々回書いたタイヤ交換の際に一通り異常がないか確認したつもりだったのですが、しょっぱなからライトが点かないんだもんな~(焦)
分解して接点を磨いて、電池を入れ替えたら何とか点灯してくれましたが、出鼻を挫かれた形で、先が思い遣られます。



横田のゲートと狭山の茶畑・彼方に西多摩の山が薄っすらと


取り合えず恩田川CRですが、半袖ジャージだと肌寒い。。。二時間弱で八王子駅前。町田街道の下り方面を走るのって、ひょっとして、奥多摩の奥・峰を目指した2016年10月以来なのか?今回は御殿峠ではなく、八王子みなみ野駅前を通ったとはいえ、前回に比べ十分近く遅いペース。浅川を渡ると稲荷坂ですが、何とか足を付かずに上れるかぁ~?・・・といった有様。四時前ですが、八王子IC付近はもう、渋滞が始まっています。拝島橋とJRの跨線橋を渡ると横田基地。滑走路と並行して北に向かう道は、貧脚の私でも周囲の交通にそう後れをとらず走ることが出来る筈の場所ですが、今日は速度計が30km/hを越えることが殆どありません・・・(>_<;)
晩メシに重量級の肉の塊を食べてから、未だ6~7時間しか経ってませんが、なんかもう、腹が減って、腹が減って。そういや、瑞穂にゆ゛太郎があったなぁ・・・とか思って、ペダル漕ぐ脚に力を込めたのですが、嗚呼まだなのね六時なのね・・・(泣

大型トラックの流れに割り込む形で、R16入間まで自転車走らせるのはシンドイなぁ・・・と思ったとき、ふと思い出したのが、埼玉のムーミン谷からの帰路に使った道。狭山茶の畑を抜けて八高線沿いに走り、五時過ぎに飯能駅前へ。薄っすらと明るくなった商店街を貫いて北へ延びる道はR299の旧道なので、バイパスにぶつかったら入間方面へ少し戻って、奥武蔵の山懐を走る飯能寄居線に入れば、あとは小川まで道なりに走れるわけです・・・何を思ったか私、バイパスを秩父方面に走っちゃいました。

    テヘッ



高麗神社  右は「将軍標」という朝鮮半島の魔除けとのこと


西武の線路が見えた時、間違いに気づいたのですが、来た道を戻るのは損した気分なので(?)、ズルズル正丸峠への道を辿るうち、高麗駅の手前に「→川越」の青看を発見。入ると例の巾着田を通る道で、間欠的に「高麗神社」への道標が現れます。去年の秋に陛下が参拝された神社ですよね、確か。「高麗」という地名が、朝鮮半島から渡来した人達が移り住んだ場所であることに由来することは、薄っすらと知ってはいましたが・・・やがて、おもいがけず立派な鳥居と社が現れました。きりりとした朝の空気の中自転車を降り、荘厳な境内へ導かれるように足を向けます。高麗神社に祀られているのは、七世紀に滅んだ高句麗の王族・高麗王若光とのことですが、恐怖の激坂・湘南平の「高麗山」とか、交通安全ステッカーでお馴染みの寒川神社やブランド肉『高座豚』の「高座」郡に所縁の人であることは、今回調べて初めて知ることが出来ました。高句麗が滅亡する時に亡命してきた人たちの中には陶工もいて、焼き物の先進技術を伝えた故事もあるので、ど素人の手慰み・下手の横好きではありますが、轆轤を回す者のはしくれとして、お詣りをさせて戴きました。

道に迷ったおかげで、一度来たかった社にお参りできました。GPSのコンパスでは北に向かっているので、さほど距離をロスせずに、本来目指す方角へ、進むことが出来ている感じ。案の定、埼玉医大手前の高麗川橋北詰で、飯能寄居線にぶつかりました。R407から奥武蔵方面に走る場合もココに出るので、先程まで走っていた道は、r30が出来る前に使われていた道なのかもしれません。

ここからは漠然と計画していたルート。よく知る道でもあり、先を急ぎましょう。
朝食を食べられそうな店をキョロキョロ探しながら、毛呂山・越生・ときがわを走ります。何度か空振りを繰り返したのち、結局、コンビニの駐車場に蹲ってサンドイッチ齧るという、いつもの形に・・・(>_<;)
暫く八高線から離れていた道が、鳩山からくる道と合流して、再び八高線を見ながら走るようになる手前に、少しキツイ坂があります。
なんてことが無い県道の坂道なんですが、まさかそんな場所で、今回のライドばかりか、自転車人生最大のピンチに見舞われることになろうとは・・・



よりによって、こんなトコ


ときがわ町役場を横目に、一昨年の春、白石峠へ向かった交差点を過ぎると周囲は再び、工場と畑が半々に広がる、典型的な郊外の景色。都幾川を渡ると丘陵地帯になり、道は緩やかなアップダウンを繰り返しながら、小川町との境を越えます。
片側一車線のややキツイ坂に差し掛かり、速度計は8km/hほどに落ちました。反射的にインナーに落とした瞬間、クランクが支えを失ったかのように空転するのを感じました。視線を落とすと、チェーンが脱線しています・・・ビンディングを外す暇すらなく、自転車が停止→そのまま横転。

歩道との境に設置された、駒留を跨ぐように身体を横たえながら、しばし、茫然自失。連休初日にも関わらず、さほど交通量は多くありませんが、それでも背後に迫っていた大型トラックが、ややセンターライン寄りに迂回しながら、脇を過ぎてゆくのが感じ取れました。

咄嗟に歩道側に倒れ込んだからよかったものの、もし、車道側に倒れてしまっていたら・・・

横になったまま身体を捩ってビンディングを外し、怪我がないかを確認。左上腕を駒留に打ち付けた様で、やや痛む以外は擦り傷すらありません。
続いて自転車の各部を点検しますが、変わった所といえば、左シートステーに、よく見なければ分からない程度の、小さな塗装ハゲが確認できるのみ。あれだけ派手にコケて損害が絶無とは、本当に奇跡です・・・守って戴けたのかも。



(左)馬橋に泳ぐ鯉幟    (中・右)小川町の街並


それにしても、割に頻繁に調整を必要とする後ディレイラーと異なり、前ディレイラーは購入以来、全く問題を起こしたことが無かっただけに、今回の事故は寝耳に水という印象です。緊急避難的にインナー側の調整ねじを締め込んで様子を見ますが、この先、上り坂でインナーに落とす際には細心の注意を払う必要がありそうです。

紙漉きに利用されただろう穏やかな流れの上には鯉のぼり。秩父往還の川越道に沿って、小川町の中心を走り抜けます。間口の広い町屋や土蔵の白壁に思わず、ペダルを漕ぐ脚が止まる、趣のある街並み。バックパックを背負っているので、やはり奥武蔵の山を目指すらしいトレランっぽい人と、抜きつ抜かれつしながら松郷峠の入口を過ぎると、水を買ってないことに気が付きました。粥仁田峠の上り口はおろか、東秩父村との境すら未だ大分先ですが、念の為路傍に民家が続く今のうちに仕入れておくことにします。・・・と、酒屋さんらしい店構えが目に留まりました。自販機でスポドリと天然水の500mlボトルを一本ずつ購入。薄れた看板が酒屋であることを示していますが、ガラス戸越しに見える閉ざされた店内は荒れた様子で、営業をやめてしまってから時間が経っていることが伺えました。バックパックに財布を締まっていると、店主に代わって挨拶しなきゃいけないと思ったのか、ガラスの向こうに茶トラ白さんが現れ、愛想を振りまいてくれました。(*´ω`*)



「お買い上げ、ありがとニャン!」


こんな時ですね。自転車旅の喜びをひと際強く感じるのは。

都幾川の支流・槻川に沿って、西に走ります。茶色に塗られた、古色蒼然としたトラス橋が現れました。「矢岸遊歩道橋」というのが橋の名前らしいですが、歩道橋にしてはいかにも、造りが厳めしい感じ。この辺りにも確か、廃線跡があったはずですが、何か関係があるのかしら?
気が付くと東秩父村に入っていました。埼玉で唯一の「村」だとのこと。道の駅で小休憩して、ルートを再確認します。八時前ですが、行楽の家族連れやバイカーの人達で、意外に賑やか。産直野菜売り場に人影はありませんが、食堂は暖簾を出すところで、もう少し朝ごはんを我慢するべきだったと後悔しました。駐車場の観光案内板を見て、要所要所の目印(集落名・バス停など)を頭に叩き込んで、出発。
『道の駅・和紙の里ひがしちちぶ』まで、92キロを六時間で走ったので、平均速度は15.3km/h。鉄ゲタではなく、カーボンのロードバイク、しかもまだ、平地しか走っていないというのに・・・(>_<;)



(左)矢岸遊歩道橋と(中)槻川の穏やかな流れ  東秩父村も「細川和紙の里」を謳う


ふたたび槻川の左岸へ。南に延びる谷は、地図を見ると荻平川というらしいですが、山影の奥にホッパーらしいものが見えます。定峰峠方面にも、小川町方面にも峠越えの道があるらしいので、いずれあの谷筋も辿ってみたいと思います。村役場を越えた辺りで、今日初めてロードバイクの人に遭遇。道なりに進むと寄居に向かう筈ですが、黄色いジャージに必死に追いすがるうち、その背中がやがて、川を渡り南に折れるのが見えました。立ち止まって確認するとやはり、定峰峠入口の落合橋です。私も左折。
大きく流れを変えた槻川を遡る道は徐々に勾配を強めているらしく、ペースがぐっと落ちるのが分かります。先程道案内をしてもらったローディーさんも視界から消えました。西側は山の東斜面にポカポカ畑が広がる、牧歌的な風景。バス停の名前を確認しながらペダルを回します。「イーグルバス」とは見慣れない名前ですが、調べると比較的最近、路線バス事業に参入した会社だとのこと。後ほど稜線沿いに辿る筈の、二本木峠への上り口案内を横目に暫く漕ぐと、激アツのジャンクヤードを発見。フェアレディZの初代・S30型が無数に野積みされているのですが、中には懐かしい「ハコスカ」や「ケンメリ」の姿も。C110型はオーバーハングが寸詰まりに見えるので、四気筒モデルかもしれません。一番奥には、ナンバーが付いたままのクラウン・エイトが!!・・・二代目クラウンの幅を広げてセンチュリーと同じV8を積んだコレは、たしか四千台弱しか作られなかった筈ですが・・・そのうち、どれくらい現存するのでしょう??



ウホッ!いいヤード


そんなことを気にしている間にも、バンバン自転車に抜かれます。追い越されてから50m位は、置いて行かれないように頑張りますが、すぐに、ジャージの背中が遠くなることの繰り返し。たまたまスゴイ方とばかり、お会いしたのか、はたまた、私がダメ過ぎるのか分かりませんが(十中八九、後者!)、ガックリ気落ちしつつペダルを漕ぐうちに、目印となるバス停に着きました。

さて、粥仁田峠の上り口である目の前の坂ですが・・・とりすました印象がある「勾配」という言葉では足りません。これはもうズバリ、「角度」という方が、表現としては適当な気が・・・


無理!!!笠山を背にして


竹を切り出して軽トラに積む作業をされていたオトーサンに挨拶をして、一応、確認。間違いなく粥仁田峠へは、この道を上るのだとのこと・・・(T T)
注意しながらインナーへ落すと、やはり脱線。。。何故だろう???チェーンを直して暫しの間、もがきますが、やっぱり無理! 踏み切れません!!
・・・悄然と自転車を押し歩きます。ところでこの集落の名前ですが、道の駅の観光案内図では「朝日根」とあり、一方、バス停に掲示されていたハイキング地図には「皆谷」とあるのですが、どちらが正しいのでしょう・・・?



(左)朝日根の八幡神社  (右)粥仁田峠への道から彩の国ふれあい牧場・モーモーハウスを望む


汗を拭いながらようやく、集落の上に辿り着きました。標高は400mちょっと、谷の向こうには、笠山の山腹が黒々と横たわって見えます。ビンディングを嵌める「バッツン!」という響きを頼もしく感じ、チャリ漕ぎ再開。峠までの標高差は200m弱なので、この先はもう、自転車を降りないでも大丈夫でしょう。杉林を往く道は案の定、キツイ場所でも6~7%で、例によってハエが止まる様な回転数ではありますが、クランクを回し続けることが出来ます。ハイキング地図にあった八幡神社は杉の巨木が印象的な社。村の観光案内サイトを見ると、「朝日根のあばれ獅子」と呼ばれるほど勇壮な獅子舞が奉納される社だとのこと。路傍に、どれも真っ赤に錆びて読み取れない標識が間欠的に表れると、ふいに森が消えて視界が開けました。
これは気持ちがいい!




ざ・ひる~ず   あら~いぶ


抜けるような青空の下の眺望。北東に広がる山並みの向こう、灰色の空気に覆われているのは深谷あたりでしょうか?道路両脇に張られた有刺鉄線の向こうは既に牧草地らしく、錆びた標識に辛うじて、牛の絵らしいものを見て取ることが出来ます。草原を渡る風の心地よさ。



(左)栗和田の集落と    (右)煤けた標識


再び森の中を走ります。雑木の森なので先ほどまでの閉ざされた印象は微塵も無く、新緑の瑞々しさを感じながら汗をかきます。木漏れ陽の小径を這い上がって、最初のピーク。再びの絶景ですが、標高535mのココはまだ、峠ではありません。六年前・ポピー祭りに合わせ訪れた秩父高原牧場の畜舎・モーモーハウスが、北側の峰に広がるのが見えます。「麓まで降りてしまうのでは?」と不安になるほど、道は一旦下ってから、荒れたコンクリ橋で沢を渡ると、杉林を猛然と上り始めました。気息奄々、ハンドルを右左しながら跛行すると、右に分ける道。道標には直進が粥仁田峠・右が秩父高原牧場となっています・・・峠まで行ってから、ココに戻る形になるのかな?縮尺が小さい地図だと、その辺まで読み切れませんでした。




山ガールの一団とすれ違いざま挨拶を交わすとほどなく、四阿が建つ峠に到着。道はもう少し先まで上っているようですが・・・粥仁田峠の標柱を過ぎて、とりあえず、下り勾配まで変わる所まで上ると、GPSのALTは557mを指していました。峠に戻ります。大霧山へ上る関東ふれあいの道が交差する、標高540mの地点ですが、現地の道標や標柱には「粥仁田峠」とあるのに対して、地理院地図には「粥新田峠」と書かれています。
どっちだ!?
「・・・ゴメン、どっちでもいいや」・・・と思わせるほど、特徴がない、地味な峠。奥武蔵を走る愛好家には、馴染み深い峠らしいのですが・・・ま、いずれにしろ、今日最初の目的地に着きました。自宅から104キロを七時間四十分で走ったので、平均時速は???
・・・orz
一休みして先程の分岐に戻り、針路を北へ。眩しいほどの新緑を楽しみながら、平坦な尾根道をゆっくり走ると、ほどなく、両側に牧草地が広がる鞍部に転がり出ました。ホルスタインの群れがノンビリ草を食んでいます。

西も東も絶景!



左奥;両神山    右奥;御荷鉾山  右手前;城峯山  中手前は蓑山









尾根に沿って南北に延びる道とは別に、東秩父村と皆野町の境界を横切るように、麓からの道が交差しています。まずは西側・・・皆野方面にやや下って、眺望を楽しみます。すぐ手前にまだら模様の蓑山、その向こうに城峯山や上武国境の山々、さらに遠くには御荷鉾山が見えます。やや視線を南に振ると、六年前の秋に林道から見上げたのと同じ、鋸刃のような尾根を従えた両神山が彼方に聳えています。自転車を置いてさらに少し下ると、例のポピー畑の上の方が見えますが・・・当然というか、全く赤い色は見えません。
で、鞍部からやや、秩父高原牧場の核ともいえる施設『モーモーハウス』方面に進むと、東側に眺望が開けるわけですが、その前に、せっかくなので牛さん達にご挨拶。



抜群のホスピタリティを発揮してくれた15番さん


動画でご紹介した15番さん、撮影した時以外でも、柵ごしに私のあとをついて来ます。エサが欲しいのかと思い、牧草をちぎってやってみたりしましたが、食べません。どうやら自転車に好奇心を惹かれたみたい、、、しきりに匂いを嗅ぎたがります(^ ^;)・・・有刺鉄線の間から鼻をこちらへと延ばしたりして、傷ついてしまわないか、ハラハラします。




ところで、柵には所々に「家畜伝染病予防法により、関係者以外の立ち入りを禁ズ」・・・とあります。丹沢の大野山もそうでしたが、標高が高い所に牛を連れてくるというのは、やはり防疫上の意味があっての事だろうと思うので、手を伸ばして頭撫でたりなんかするのはマズイのかも・・・とか、ふと思いました。

車輪なんてのは、シームレスに轍を残してしまうので、牧草地への立ち入りを厳しく禁止するのは、疫学上の必要がちゃんとあってのことらしい。ので、開放された場所だけ走りませう。
お名残り惜しいけど、15号さんとお別れして尾根の道を50mほど移動すると、今度は奥武蔵の山々の展望が広がります。





南東方面には笠山と堂平山。一昨年の春、白石峠から息も絶え絶えに自転車を走らせ辿り着いた天文台が、頂上にチョコン!という感じで乗っているのが見えます。

     あちらからは、こんな風に見えている筈。

正面は観音山というのでしょうか?採石場らしい凹んだ稜線近くに、荻平川へ抜ける林道の峠があるらしい。北東に灰色に霞んで見えるのはやはり、深谷とか本庄あたりなんですかね?朝方通り過ぎた、東秩父村の槻川とか栗和田とかから、九十九折れながら上って来る道を、折しもバイカーの一団が、腹の底に響く重低音を連ね、こちらに走って来ます。





牧場の直売所(「めーめーハウス」?)に到着。まだ九時半を回ったばかりなんですが、さすが黄金週間初日とあって、駐車場は既に満車に近い盛況。営業時間を前倒ししたのか、お店も幟を出しているので、何は無くともまず、牧場ソフトクリームを注文。さすがに濃厚で、おいしい



バイクラックあり〼


二個食べたい気持ちをグッと抑えて、再び自転車へ。
そうそう、ココはバイクラックが二ヶ所も置かれていて、さすが埼玉の愛好家のメッカだな~・・・と思いました。

短い坂を上ると『モーモーハウス』。山小屋風の建物の中では、バター作り教室とか酪農体験が出来たりするらしいのですが、流石に200キロサイクリングの途中では無理かな。建物の下に広がる柵囲いされた牧草地は、中に入ってヤギと遊べます。

     本日二番目の目的地は、ココでした(^ ^;)




モーモーハウスの全景(上左) 玄関に鎮座するFORD 4100型(上右) かわいらしいオブジェ(下)


二重の扉を慎重に開け閉めして、囲いの中へ。優しく人懐こい「ヤクシマヤギ」さん達が迎えてくれます。日当たりのよい東斜面に開かれた牧草地で、草を食むヤギたちの向こうに、奥武蔵の眺望が広がります。

     山~の牧場のォ~夕暮れに~    イヤッホー  イヤッホー

・・・てなもんで、こんな爽快な場所も、なかなかありません。

勿論、雁も青(馬)もいなし、夕暮れでさえないわけですが・・・( ^ω^)・・・



気立ての良いヤクシマヤギさん達



私にぴったり寄り添ってくれているこの子は、彩の国ふれあい牧場の公式HP内にある、コチラのページ(『彩の国ふれあい牧場のヤギたち』)を拝見すると、平成28年4月14日生まれの「アップ」君のようですが・・・
耳の後ろをなでると、小さな尻尾を振って、体を寄せてくれます。
二歳というのは、人間の年齢に換算すると八~十歳くらいになるらしい。甘えたい盛りの筈で、そんなこと考えるとちょっと、切ないっス

六年前に訪れた際、囲いの中でふれあい出来たのはてっきり、めん羊さんだったと勘違いしてたのですが、公式HPを見ると、ヒツジは臆病なので別の場所にいるとのこと。

甘えんぼの「アップ」君、お別れするのが辛かったです。




モフモフと遊んだり、景色を愛でたりと、憩いの時を過ごしたのち、不承不承、重いお尻をサドルに引き上げます。
十時半に秩父高原牧場をあとにします。

秩父高原牧場から二本木峠へは引き続き、緩やかな尾根道を走ります。殆んど勾配を感じませんが、ALTを見ると僅かづつ標高を上げている様子。
十分ほど走り、東秩父側から上って来る道と合流した場所が、二本木峠でした。ここのツツジはご覧の通りなかなか見事で、やや単調になりかけていた景色に鮮やかな彩を添えていました。



右に和知場から上って来た林道


峠に建つ案内板によると、不況のどん底だった昭和六年・当時の槻川村(現・東秩父村)の村長が、失業対策として尾根に防火帯を築く公共事業を行い、防火帯沿いにヤマツツジを植えたとのこと。防火帯は今はハイキングコース(関東ふれあいの道)となり、ツツジの名所となったそうです。




峠からキツイひと上りをした場所が、尾根道の最高所(625m)で、登谷山~釜伏峠~風布を経て荒川まで、10キロに及ぶ長い下りが始まります。

新緑は、目を射るような鮮やかさ。緑の天蓋が切れると、吉田・小鹿野の街並みと、奥秩父の山々を見渡すことが出来ました。両神山はこちらからも目立ってます。六年前に訪れた際は、廃業したように見えた登谷山の牧場ですが、真新しい畜舎に元気なモーモーの姿が見られました。もっとも、こちらの牛さんたちは、黒毛和牛のようですが。


スピードにご用心!生まれ変わった畜舎


二本木峠から十五分で釜伏峠。上りなら一時間掛かる距離ですが、さすが、下り弁慶!(^ ^;)丁字路に見えますが、実は十字路。東に降りる道は寄居・牧場から辿った県道は皆野の街を目指して、西へと降ります。

目指す風布へは、一番頼りない直進方向へ・・・(^ ^;)



釜伏峠  皆野に下る高中・平草辺りは絶景なんですが・・・


舗装の質が一段下がったことを感じながら、自転車を飛ばします。1.5キロほどで塞神峠。道が分かれるので、「どっち?」と、案内板を検分するうちに、女性のローディーさんが颯爽と追い越して行きました。もう一つのツツジの名所・金尾山へは長瀞カントリークラブの脇を通ると近道なのですが・・・モロに長瀞へ下ってしまう危険もあるので、左の道へ入るのは止めておきます。



吉田・小鹿野の向こうに両神山


自転車に跨るとすぐに、水場がありました。結構、賑やか。昭和の全国名水百選に埼玉県で唯一選ばれた「日本水(やまとみず)」。日本武尊が東征の折、戦勝を祈願して釜伏山中腹の「百畳敷岩」と呼ばれる大岩壁に剣を突き刺したところ、湧き出したという伝説(寄居町公式HPより)があるそうです。案内板には「子授け・不老長寿の霊水」とあります。。。慌ててペットボトルの中身を飲み干し、500ml×二本を満たします。おうちでコーヒー淹れる用に、バックパックの中へ。

日本水の水場からの眺めもなかなか。おりしも、トレランらしい一団が、谷底から羊腸の道を駆け上がって来る場面に遭遇しました。私なら、自転車でもこんなペースで上るのは無理!!・・・ってなスピードで、あれよあれよという間に九十九折れを駆け上がり、先頭の人が目の前に現れました。もう、ただただ、ビックリ(*_*;



コーヒー用にもおススメ


風布はみかん山が有名で、首都圏の冬のハイキングコースの定番な訳ですが、四月も終わろうとしている時期に訪れる意味は薄いかも・・・(^ ^;)
「日本の里(やまとのさと)」を謳うだけあって、良い雰囲気の里山で、走る分には間違いなく、気持ちの良い場所なのですが。

冬にまた、来ようっと!(笑

風布川の流れに涼しさを感じながら自転車を飛ばすと、3キロほどで寄居橋の西詰に出ました。荒川を渡ればR140・右岸を1.5キロほど遡ると例の金尾山の上り口に着きますが・・・日和りました(>_<;)



「日本の里(やまとのさと)」と、涼しい緑陰の下を流れる清流


波久礼駅前からR140を東へ。

かつての秩父往還ですが、荒川北岸の狭い段丘を、秩父鉄道と分け合う感じで東西に延びていて、交通量の割に道幅が狭いです。セメント関係の大型車も多いので、自転車、泣けます。。。
寄居市街は片側二車線のバイパスですが、寄居警察署前のR254分岐が複雑な形をした交差点で、通る度迷うんですよね~(>_<;)



(左)寄居橋から見る荒川   (右)寄居警察前の名物の張りぼてver.2018


・・・で、ですね。
寄居までほぼ一筆書きで来れたことに気が付いてしまったわけです。
やるっきゃないわけですが・・・
小川町の駅前に戻ると一筆書きにならんわけです。
かといって、中山道を使うために熊谷を回る余力は、無い。
となると、R254(児玉街道)ですが、小川バイパスって、自転車通れましたっけ???

悩んでも仕方が無いので、玉淀大橋を渡りR254へ。丘陵に沿って緩やかに右左する道を急ぎます。ホンダの工場を過ぎると、いよいよバイパスが分かれる金勝山トンネル。どうだ?
歩道がある!
・・・例の恨めしい「歩行者・軽車両進入禁止」の標識は、現れません。路側自体が広いので、歩道に上がらず車道を走ることに。勿論、ライト・フラッシャーのスイッチはONに。
トンネルを抜けた先もホンダの工場。東松山まで19キロということは、ゆっくり走っても一時間半は掛からない筈。十四時くらいかな?・・・R407まで、このまま走りましょう。
丁度お昼を回った所で、帰路のルートが出来たら安心して、お腹が減りました。朝方は肌寒さも感じましたが、お日様が天辺から照る今は、暑く感じるほど、気温が上がりました。25℃くらいかな?交通量はさほど多くないので、排ガスで茹で上がる感じはありませんが、アスファルトの照り返しを、早くも感じます。冷たいうどんがいいな・・・なんて思った刹那、道路の反対で「地粉うどん」と染め抜かれた幟が、ニコニコ手を振って来るじゃないの!!

小川町のJAなんですね、ココ。冷やしザルうどんの大盛(¥400)を頼んで待つこと暫し。なんか、すげーインパクトあるのがキター!!

うどんの世界で東の横綱っていえば稲庭うどんを思い浮かべる方が多いかもしれないけれど、武蔵野うどんを擁する埼玉も多分、うどん王国なんス。手打ちの看板に偽りなし、ココの麺は太さがまちまちで、太いのは「ほうとう」位あります。どちらかというと、「コシ」系ではなく「モチモチ」系。意外なほど、出汁の香りが立ってて美味しかったです。




釣鐘みたいな腹をサドルの上に引き上げて、チャリ漕ぎ再開。小川町駅の周辺はなかなか味のある街並みですが、バイパス沿いはベットタウンそのものの風景が続き、全く興が湧きません。自動運転モードで嵐山。ここは三年前の土坂峠ライドの際、川越児玉往還を走る予定がバイパスに出てしまい、一筆書きが破綻した因縁の場所。今回も川越児玉往還にあたるr286菅谷寄居線→r344高坂上唐子線を走る方が、若干距離が短くて済む筈なのですが・・・
十三時半・東松山市のカントリーサイン発見!R407鶴ヶ島・入間方面の青看を期待してペダルを回しますが、すぐに滑川町に入ってしまいました。
「???」と混乱しながら、「東松山市街」の標識に惑わされたりして、迷走。R254に戻り関越道を潜ると、歩道橋に見覚えのある「上野本」の地名が現れました。うろ覚えのナビに従い、R254を外れます。
東武東上線の線路に沿ってしばらく南下すると、やがて高坂の駅前。ここまでくれば、道迷いの心配はありません。ただし、道中まだまだ長いッス・・・(溜息

鶴ヶ島までは、関越や圏央道を降りたばかりのクルマが飛ばすので、神経を遣う道程。路側は異物が多いのであまり走りたくないのですが、高速気分が残る流れに伍して走るだけの脚はもう、残っていないので・・・(>_<;)
追い越し幅に余裕がない「日光街道の杉並木」だけは全力で走って、十五時前に高萩十字路。各方面に投下する十万石饅頭をベイシアで買ってから、ズッシリとしたバックパックの重みを感じつつ、東京環状を横切り入間から行政道路。R16の方が空いているだろうことは分かっているのですが、我慢、我慢。

それにしても、行政道路の渋滞の酷さと言ったら・・・(T T)さすが関東のモータウン・右を見ても左を見ても、抜け道になりそうな隙間は洩れなくみっちり。午後に入ると風が強まったことも手伝い、ハンドルが振れないように神経張りつめて路側を走るので、所沢に着く頃にはグッタリ。
例によって、駅前は渋滞の間を横断する歩行者が多く、冷や汗モノ。十六時半に東村山からの府中街道に入るも、絶賛渋滞中。。。排ガスに炙られ、「寄せる」クルマをかわし、テールランプの川を流れ下って、府中に着く頃には燃え尽きて、真っ白な灰になりました?




是政橋で丁度、200キロ。夕暮れの鶴川街道は、例によって低回転・意識低い系自動運転。連休初日とあって、外食に出掛けるっぽいご家族満載のSUV・ミニバンばかり。

    テールランプの数だけ、幸せがあるのね。

ボッチのダメ男は今夜も、深~くて暗~い川を漕ぐ~
Row & Row Row & Row 
振~り返~るなっ! Roooooow!


二十時帰宅。夕方は南風が強くて、参りました。







こちらも宜しくお願いしますm(_ _)m
白石峠・堂平山天文台・奥武蔵GL・虎秀←新タブで2016年3月27日付記事が開きます。
奥武蔵グリーンライン・名栗・成木街道←新タブで2010年6月3日付記事が開きます。
越生梅林・黒山三滝の天狗滝・花立松峠・八徳・子の権現(猿岩林道・奥武蔵GL・八徳入林道・子の山林道)←新タブで2015年1月28日付記事が開きます。
足利・佐野←新タブで2017年3月10日付記事が開きます。
あけぼの子どもの森公園←新タブで2016年1月17日付記事が開きます。
秩父高原牧場 「天空を彩るポピーまつり」←新タブで2012年5月27日付記事が開きます。
下里分校(小川町)・神流湖(下久保ダム)・土坂峠・合角ダム(西秩父桃湖)←新タブで2015年1月14日付記事が開きます。
下里分校(小川町)・神流湖(下久保ダム)・土坂峠・合角ダム 撮って出し←新タブで2014年5月11日付記事が開きます。