2016年8月11日木曜日

倉子峠・綱子



二か月も更新が滞ってしまいました・・・m(_ _)m

今年の梅雨は例年に比べ関節の痛みが長びいて、大きなブランクが開いてしまいました。
もとから乏しい旅行用の蓄えが、木っ端微塵に消し飛んでしまったので・・・お盆休みなのに、またまた近場(^ ^;)、表題にある倉子峠を目指します。

私がこの峠を知ったのは、神奈川の峠を実際に踏破して、レポートとしてサイトに公開して下さっている『峠のむこうへ』様のコンテンツ・『藤野町の峠』を読んでのことだったと記憶します。今回足を向けるにあたり、改めてググってみると、←リンクさせていただいている『Cycling Wonder』の管理人・トコペコさんも走っておられる様子。いつもどおり丁寧に綴られたレポを拝見して、大体様子が想像できてしまったので、どうしようかなぁ・・・と迷ったのですが、例によって全然お金がないので遠出できないし、猫連れての日課のウォーキングだけでは、フカみたいなお腹をどうにかしようとしても、どうにも足りないことは明らかなので(笑)、最高気温33℃と予報される朝の街から、不承不承自転車を漕ぎ出したのでした。

アヂイよ溶けちゃうよ・・・








藤野駅前で甲州街道を外れ、おむすび型のトンネルを潜って「和田」への道へ。サボっていた報いはあからさまに出て、休み休みながらでないと、自転車が前へ進んでくれません。橋詰の集落になかなか辿り着けないもどかしさ。こんな羨ましいけしからん事件の舞台となったらしい、キャンプ場を通り過ぎ(どうみても県道からバッチリ見える)、「鎌沢入口」とあるバス停を左へ。来た方角へやや戻る形で沢を渡り、十軒に足らない集落を抜けるともう峠道。静かな小径を想像していたのですが、お盆の道普請の日に当ったらしく、いつになく賑やか峠上りとなりました。脚も心肺もヨレヨレですが、挨拶しながら見栄を張ってなんとか漕いで進むと、幾度も「ガンバレッ!」と声を送って戴きましたm(_ _)m
一カ所だけ分かり難い分岐がありましたが、やはり作業されていた地元のオトーサンに教えてもらい、無事解決ですv(^ ^)
県道から2キロ・20分ほどで本日の目的地である倉子峠に到着。地理院地図には「くらご峠」と記されています。甲州裏街道が通ったという、雰囲気ある切り通しが印象的ですが、汗の匂いを嗅ぎつけてくる羽虫が多いことがマイナス点です。前出の『峠のむこうへ』様によれば、明治時代には役場や小学校・茶店があったとのこと。きっとかつては人の往来も盛んだったのでしょう。最初石仏と見えたものは芭蕉の句碑なのだそうで、その旨の説明板が立っています。










倉子峠の句碑

春なれや名もなき山の朝霞    はせを
牛呵る声に鴫立つ夕べかな    東花坊

「はせを」は、俳聖と言われた松尾芭蕉のことであり、「東花坊」は、芭蕉の十大弟子の一人で芭蕉の死後美濃派を開き、その作風は獅子門派とも言われた各務支考である。
当時、相甲の地にその正統を伝える「師匠伝来の書」がある。これは、元禄七年(1694年)六月、芭蕉庵桃青(芭蕉)を創始とし、享保十二年(1727年)六月、獅子庵連二房(支考)判、以下東都及び南総を経て、弘化二年(1845年)正月、上野原の虚楽坊琴睡から佐野川の一柳庵里橋が八世となっている。こうした関係で上野原近在には、芭蕉と支考の句を併記した句碑が数基ある所以である。
当地の句碑は、上岩の浄善寺に明治三年八月、七十一名連名の俳句の掲額があることから、その頃の連衆によっての建立と考えて良いであろう。芭蕉も支考もここを通った可能性は多分にあるが確証はない。この二句ともここでつくられたものではないが、この峠に立つとき、何か私たちの心を捉えるものがあるのはなぜであろう。

昭和六十一年二月   藤野町教育委員会



芭蕉の句の方は、貞亨二年(1685年)二月、伊賀から奈良へ向かう向かう途中で詠まれたものとされています。上野原の諏訪神社にも芭蕉と支考の句が併記された碑が現存するとのこと。説明板にもある獅子門の七世にあたる人は、上野原で開業していたお医者さんなのだそうです。

鷹取山を眺めつつお茶畑の中を降りて佐野川の下岩(?)地区へ。出来心で棡原へ向かう県道手前を右折すると、集落を一望する場所に牛舎がありました。モーモーたち、冷房入れてもらってるのね。。。
県道へ下りて一旦北へ。ピーカンの青空の下、最初に目についた自販機で買った、500mlペットボトルの中身を一気飲み(本日二本目)。地理院地図を見ると「御霊」とか「先祖」とか地区名が記されていますが、境川の左岸を上岩まで遡り、右岸の道へ移ってから南へと下ります。











農家や町工場の間を縫って、緩く起伏を繰り返すこの道を走るのは今回が初めてですが、奈須部辺りから陣馬山を背に、先ほど通った下岩の集落を望むことができるのを除けば、特に感興が湧く景色に出逢うこともなく、上野原へと下ります。『峠のむこうへ』様が考証されている「後山峠」が近くにあるはずですが、もちろん車道を飛ばしている限り、どこにあるか知ることはできません。
まだ九時半を回ったところですが、甲州街道には逃げ水が揺れています。酒饅頭に後ろ髪ひかれつつ、新町の交差点から秋山方面へ。本音を言えば相模湖経由で帰りたいところですが、それではあまりにふがいなく感じたもので・・・(>_<;)
桂川を渡り段丘を這い上がります。天神トンネルまでがまあ、キツイことキツイこと・・・勿論、新トンネルを通過します(^ ^;) 田野入の分岐も秋山トンネルで楽チンな右コース。秋山温泉の前へ出ると、ようやくロードバイクの人達をチラホラ、見掛けるようになりました。









秋山からは牧野を経て奥相模湖⇒道志みちか、篠原経由で相模湖か・・・峠上りを避けて帰るとするなら、この二つになってしまうのですが・・・ 前者は、奥相模湖から青根への上りがキツイ上に、道志みちの距離が長くなるのでパス。峠は無いものの起伏があるコースなので、後者もちょっと ・・・と思案していると、頭の片隅に「綱子」の文字が・・・
綱子トンネルまで上ってしまえば、トンネルを三本抜けて伏馬田まで、道志みちとほぼ並行して下ることができるので、距離も節約できるし一番楽チンなのではないかと。
三度目なのに前川橋の分岐に迷って右往左往。喪服を着た年配のご夫婦が通りかかったので、躊躇いを感じつつもお聞きすると、大変懇切丁寧に、道順を教えて戴きましたm(_ _)m








前川橋はやはり、秋がいいですね。。。今時分はどうも、足元が気になって・・・
綱子川をさかのぼる道をギコギコ走ってゆくと、タマチャリンさんが年初に記事にしておられた峰山についての説明板がありました。 薪拾い、炭焼き・茅刈りなど、近隣の里の燃料の宝庫として、地域の生活を支えてきた山だとのこと。頂上に立つ「古峰神社」は火伏の神としてあがめられ、毎年五月三日には、周辺十三地区の人々によって祭礼が行われるそうです。舟久保からの隘路を思うと、ちょっと意外なほど軒数がある印象の綱子地区。小さな男の子とそのお母さんが、大樹の木陰で遊んでいます。田園をモチーフに描かれた絵を見るような。ローディー女子が挨拶とともに駆けてゆきました。

綱子トンネルまでは1キロ×100mちょっとの上り。ここさえしのぐことができれば、家まで大きな上りはないはずなので、頑張ります!!!

・・・

押し歩くっ!(泪


七年前山中湖に行く時、迷った挙句にココでスリップしてコケたなあ・・・
・・・綱子の橋から20分もかかって、トンネルに到着。真っ黒い坑口が見えたときは、正直ホッとしました。
やはり七年前異物を踏んでパンクしたトンネル内は、目を皿のようにして路面を凝視しつつ、通過します。天神トンネルと菅井トンネルがありますが、ここからは伏馬田までずーと下り。









帰路は適所で指さし確認などをしつつ・・・

菅井隧道内の「谷村上野原停車場線」の銘板(←気になる人は『足柄縣』さまへGO!)
よく分からないんだけどすごい門柱、と素敵な切通
春には見事な(らしい)伏馬田の桜並木(←気になる人は『幅員5.5m未満をゆく』さまへGO!)

亀見橋から道志みち、キツーーーーーーーー!!

JKに  スクッと刺される  三ヶ木坂

あ~んどっ!

人もタイヤも溶ける座間大和線!


・・・ショボショボネタを書き連ねるm(_ _)mことに、虚しさを感じたところでオシマイです(笑
一応、時間とか速度的なことは、ルートラボの方で・・・


ご覧いただくとお分かり戴けますが、二か月ブランク開くとゼロですね、否、ゼロ以下! もうね、帰って来れたこと自体、奇跡みたいなもんですわい・・・(^ ^;)
八ヶ岳とか、涼しいところで自転車に乗りたいものですが・・・ Brexcrement hits the fan!
とうちゃん情けなくって、涙出てくらぁ-(チーン








2 件のコメント:

横尾寿秋 さんのコメント...

トコペコさんは神奈川の道を走り尽くしてますからね~
コンスタントに更新してますし凄いですよ

この暑い中ブランクがあるのにたいしたもんですよ。
私は最近ほとんど自転車に乗ってないので
40㎞走行くらいでヘロヘロですよ

ボラザぢぃ さんのコメント...

タマチャリンさま

仰る通り、トコペコさんには啓発されることが多いです。
更新のペースも凄いですが、情報量に圧倒されますね。
ブランクを開けてしまうこと自体メンタルの弱さの顕れなんですよ!
せめて押し歩かなければと思いますが・・・(>_<;)

乾徳山・学生時代に一度上ったコースですが懐かしいです。
登山口も随分変わったというか、
レポ拝見して記憶の中の風景と随分違っている部分がありました。
先輩の背中を追いかけるので必死だったので・・・(>_<;)
鎖場手前で他のメンバーが登頂して来るのを、
ベソかいて待ってたのは内緒です(^ ^;)

金峰山も行かれたのですね。羨ましい。
機会があったらせめて「ズル金」でも・・・とは思っているのですが(^ ^;)
レポートの方ゆっくり拝見しますm(_ _)m

年初にレポートされていた峰山の登山口分かりました。
ニョロニョロさんの心配が無くなったら上ってみたいですが・・・

コメントありがとうございます!m(_ _)m