2016年4月20日水曜日

【番外編】秋冬モノ処分2016・猫の細道



表題からすでに察して戴けたものと思いますが、今回もネタ切れのショボ記事です。。。(^ ^;)
・・・ってか、
おせーよ!そろそろ穀雨かって頃になって、誰が秋冬もの買ってくれるンだっつーの(泣

以前紹介させて頂いた隻脚ムスメの他に、五年ほど近隣を仕切っていたボス猫が隠居して、ウチにいるのですが・・・

どうも本格的にらしくて。

「ウソだろぉー!」と仰りたい気持ち、私も最初は信じられなかったんですが。
ここ半年ほどの奇行の数々、数値としては各種検査結果に異常が確認できないなどを総合すると、獣医さん曰く、更年期の鬱じゃないかと。
家に入った時からトイレはキチンとした子でしたが粗相してしまうことが増えたり、ヨダレ垂らしたり、叱ってもいないのに私のことを異常に怖がったり・・・
食べてばかり、寝てばかりだし。
そもそも目がペタッと平面的で、喜怒哀楽をハッキリ顔に出した以前とは、もう全然、表情が違うワケです。



思い当たることといえば、半死半生のモノスゴイ怪我して帰ることが多かったので、せがまれても一切、外に出ることを許さなかったのですが・・・
これがいけなかったのでしょうか?
主にケンカがコミュニケーションの方法だったとか?
・・・かといって今さら外飼いさんに戻せば、縄張り追われて姿を消してしまうことは必定。リードつけて散歩させてみたら気分が変わんじゃないか?と思い立って、秋から冬にかけ、週末の朝はテクテク歩き回っていたわけですが・・・

・・・そんなわけで、散歩中に集めた猫の縄張り以下のトピックをまとめて、セコく更新を稼がせて頂こうかと・・・m(_ _)m

【帷子川源流】


この川の名前を訊いて西口五番街の、今にも溢れそうな臭っさいドブを連想する方も多い筈。
そう、撤去する・しないがニュースになった、おでん露店が並ぶあの川ですね。三十年前は、あの店の半分に・・・(自重)
で、YCAT脇の河口から遡ること17km・町田市と境を接する横浜の北西部・旭区若葉台に、帷子川の源流があります。
本当の源流は環状線寄りのやや西側の筈ですが、湧水(風)や水路脇の遊歩道・四阿などが『上川井町小川アメニティ』として整備されています。

・・・これ見れば帷子川にアユが遡上する(!)って言われても、信じる気になるでしょ?(wikiにはそう書いてある、マジかよ・・・)

【大貫谷戸水路橋】


若葉台団地のランドマーク・こちらでも書いた横浜水道の例のトレッスル橋もどき。
既に色んなサイト様に取り上げられていますが、こうして改めて見ると、結構画になるでしょ?

散歩中に終末聖徒教会の脇から亀甲山上って、北側の袂を見て来ました。
延長;414m  高さ;23m  水路幅;2.2m  昭和27年9月完成・・・とのこと。
ちなみに梅田谷戸水路橋は全長228.0m・高さ31.0m。
・・・
・・・
座学の手間は一切かけないので、それだけです(笑




【横浜線の超短い橋】



恩田川沿いの散歩道に出るのにいつも潜る横浜線の橋。
「第二谷戸川橋りょう」というのね。。。
諸先輩方の影響で、鉄の塊を目にすると、何か書いていないか確かめるのが習慣になってしまいました。
目の前は幹線道路で、猫が怖がるのでいつもここでゲージに入れるため立ち止まるのですが、4m弱の橋桁を改めて見上げると、何か刻印されているような・・・?


「GLENGARNOCK  STEEL」  ・・・と書かれているような???

まずGlengarnockで検索すると、スコットランド最大の都市グラスゴーの南西30kmにある小さな村がヒットしました。Wikipediaの記事を読むと、確かに製鉄・製鋼所がかつて存在した・・・とある。
どうもココにあったらしい。衛星写真では、バカでかい建物や引込線があったらしい跡が見えます。

こちらのサイトこちらのサイトに1978年の同所の写真が掲載されていますが、後述の様に、操業停止した折りに撮影されたものらしいです。
グレンガーノック製鉄(製鋼)所の盛衰について詳しく解説している、こちらのサイト(Clydebridge Steel Works History)内のGlengarnock Steel Works,1843 - 1985という記事を見つけました。以下斜体部はこの記事を要約したものです。(拙訳陳謝  m(_ _)m )

1843年に製鉄技術者ジェームズ・メリー(James Merry)と石炭技術者アレクサンダー・カニンガム(Alexander Cunningham)により創業。
14の高炉を備えたグレンガーノック製鉄所は、銑鉄としては世界的な知名度を得たが、主要な輸出先であるアメリカでの銑鉄生産の拡大によって余剰となった銑鉄を吸収すべく、製鋼にも事業を拡大した。
英国に鉄道網が張り巡らされていった時代の波に乗り、急速に鋼板や形鋼清算へと業容を拡大、1872年には高炉は週250~300トン生産できるものに替えられ、容量8トンのベッセマー転炉を四基と、スコットランド最大の215トンの金床を備える10トンの蒸気ハンマーを備えるに至った。 1885年には鋳鉄から圧延鋼板を生産し、事業拡大と共に分塊圧延機や30インチ逆転圧延機・板圧延機を導入して、またスコットランド初のH形鋼を生産した。建築技術者により高い評価を受けたグレンガーノック製品は、国内市場からベルギー製の建築用鋼板を駆逐した・・・
1890年に製鋼部門が会社として独立(Glengarnock Iron & Steel Co.)、高名な製鋼技術者E. Windsor Richardsを長に迎え、隆盛期に入ってゆく。
1892年に導入された平炉は、1906年には50トンへと規模を倍増。共に自社の鉱山から採掘した鉱石・石炭から銑鉄→鉄鋼製品へと一貫生産が行なわれた、非常に早い一つの例となった。石炭の鉱滓から有機リン酸塩肥料を作るプラントも稼働していた。
しかしこれ以降は、景気後退とドイツ・ベルギーとの競争によって製品価格が低下し、1914年に高炉を止めてしまう。第一次大戦の勃発により、軍需省からラッセイ島産鉱石を使い高炉を再開するよう求められたカニンガムは経営権をデビッド・コルヴィル親子(David Colville & Sons) に委譲。新たな経営者の下で莫大な戦時需要に応えるべく、集中的に投資を行なう。
戦時中は従業員三千人で週に銑鉄2,200トン, ベッセマー鉄1,400トン、鋳鉄塊5,000トンを生産していたプラントも終戦翌年には転炉・1923年には平炉と製造工程の閉鎖が相次いだ。経済状況も相俟って、1930年には合併相手のClyde Iron Worksに銑鉄の生産を一本化するため、一度は再開した高炉も再び火を落としてしまう。
一度は工場閉鎖を勧告されながらも、新たな組織の下苦しみながらも会社はなお、命脈を保った。1936年・37年に需要が回復すると再び大きな投資を行い、第二次世界大戦に至ってグレンガーノックは最盛期を迎える。
分塊圧延機や容量90トンのベンチュリ型混銑炉を投入した結果、週6,000トンの仕上鋼を生産できるようになった。
また、レールや鉄製枕木、レール継ぎ目板を作る装置も備えていた。1935年には溶接組立梁の製造を開始。同社は電器溶接のパイオニアだった。第二次世界単線を迎える頃にはベンチュリ型混銑炉の容量は115トン×二基に拡大・764エーカーの敷地のうち205エーカーにプラントが立ち並び、残りは農場・運搬路・130万ガロンの貯水池(注;前述の衛星写真にはっきりと痕跡を見ることが出来る)が占めた。
しかし戦時特需が去った1951年に、David Colville Co.もろとも国有化される。1978年には最後まで残った平炉と分塊圧延工程が閉鎖され、200人の従業員は解雇された(会社の清算は1985年)。


     ・・・

横浜線の前身、横浜鉄道の開業(東神奈川駅 - 八王子駅間)は1908年(明治41年)。
・・・なので、この橋も明治の物じゃないかと期待してたのですが、
問題の桁は明らかに溶接組立されたものなので、上記サイトの記述から考えて1930年代半ば以降、即ち昭和十年以降この場所に設置されたものと考えてよさそう。

意外に新しいらしくてガッカリ。。。

JRに訊けばもう少し詳しく教えてくれるのかもしれませんが・・・どうなんでしょう?

【新治市民の森】


公式ページ

杉木立の尾根道あり、落ち葉を踏む落葉樹の道あり、カワセミがやって来る池があったりと、身近にあって意外に奥深い公園。
尾根道と五つある谷戸を行き来するように一筆書きコースを組むと、公園の中だけで6キロほど歩くことが出来る筈です。
カメラを構えて木々を見上げる人がいたので訊ねると、タカの仲間のノスリを探しているのだとか。
ボランティアの方の話では、野ウサギは割に良く見かけるとのこと。

自転車乗り入れ厳禁です!

いけぶちの谷戸は弁当食べたり、お昼寝に絶好の場所ですら。







【寺家ふるさと村】


鶴見川CRのほど近く、町田市と横浜市青葉区の境に広がる、お馴染みの緑地。
この辺りは川崎市麻生区と三つ巴で市境界が入り組んでいて、飛び地もあったりします(麻生区岡上)。



いや~~~
人の褌でとる相撲は楽でいいなぁ~~~♪
飼いネコをダシにして、報告終りっ!!(笑




2 件のコメント:

横尾寿秋 さんのコメント...

猫も鬱になるんですか?
なんだか人間みたいでビックリですが
元気な頃に戻って欲しいですね~
それもきっと大変なことなのでしょうけど、
私も犬より猫派なのでなんだか切ないものがありますよ。

帷子川という川を初めて聞きましたけど
水源は都会の真ん中にあるんですね~
それと、、境川といい、神奈川って二級河川が多いんですね~
川崎などの工業地帯を抜けない河川はあまり使用価値や重要性が低かったんですかね??
しかも、平野部の河川なので、飲料水にも適さない!
と言うののは私の憶測ですけど、、。


ボラザぢぃ さんのコメント...

タマチャリンさま

環境の落差が激しかったということなのでしょうが・・・
思い返すと、今まで買った五匹の雄猫も、中年に差し掛かると何となく、
面倒臭がりになるというか、行動や態度が変わるというのはありましたね。
そこがまた、人間臭いというか・・・

なるほど、そういうことなのですか。
鶴見川も境川も、延長や流域面積自体は、そんな違うとも思えませんしね。
今まで一級・二級の別さえ意識していなかったので、勉強になりましたm(_ _)m
確かに井戸水は良くないとか、地元の人は口にしますね。
この辺はちょっと西が武相国境なんですよね。
時節柄、気になる所ではあります。

コメントありがとうございます!m(_ _)m