2015年1月14日水曜日

下里分校(小川町)・神流湖(下久保ダム)・土坂峠・合角ダム(西秩父桃湖)

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2014年初めての300キロライドを、年が変わって漸くまとめているという・・・m(_ _)m
本当は上信国境の十石峠に行きたかったのですが、一日で全走往復することは私の脚には到底望めそうにない事なので、十石街道の途中にある神流湖(下久保ダム)と、千本桜で有名な土坂峠を目的地に、ルートを検討しました。2013年12月の犬吠埼往復同様、今回も「一筆書き」のコースを予定していたのですが、往路は殆どが初めての道だった為に嵐山町でルートを間違え、結局寄居~小川町のR254を往路・帰路ともに使う結果となりました。途中何度も自転車を停め、地図を確認しながらのライドでしたが、にもかかわらずその後もミスコースを頻発して、出発地点・目的地間の距離の割にはGPSログは長めの走行距離を残しています。間抜け落しの分を考慮するとギリギリなので、300~350kmのタグを打つのは図々しいかなとも思いましたが、ログに記録された距離は間違いなく走っているので、あまり厳しく追及しないで下さいねm(_ _)m

久しぶりの深夜+1。例の一件で眠りが浅いせいか、起きた後暫くは体がグズグズになってしまうことが多いので、思い切って仮眠すらとらず出発することにしました・・・でもやっぱり眠くて、漕ぎ出して暫くはメタメタ。。。鶴川街道をチンタラ漕いでいる時大きなタヌキ君が飛び出して来て、お互いビックリ・・・一気に目が覚めました。幸い自転車の調子はバッチリ。ここ数回のライドで後ディレイラーの不調と思い込んでいた症状は、実はハンガーをフレームに取り付けるネジが緩んでいて、トルクが掛かる度に左右に振れていたのが原因らしい。買って暫く走った後、各部の増し締めが必要な事は当然知っていたのですが、この箇所は盲点でした・・・通販+素人の体当たり整備のリスクを思い知らせれた次第。深夜の府中街道は車の往来が少なく、先々週の小金井街道より早いペースで走ることが出来ました。所沢入間バイパスを走ると一筆書きが崩れてしまうので、何度も地図をしつつ、航空公園前からR463旧道に入ります。ジョンソンタウンと入間駅を過ぎてR16を突っ切り、R407へ。車でさえ使ったことが無い、全く初めての道を東松山を目指して漕ぎ始めます。まだ四時過ぎなので暗く、周囲の景色はどんな様子なのかさえ分かりません。こんな所まで自転車で来ちゃってwwwどうやって帰るんだ俺www・・・と不安に感じるこの瞬間が、たまらなく好き入間から日高市に入った辺りでコンビニでコーヒー休憩。下はパッドなしショーツの上に冬用のパッド付ビブタイツ・上は長袖ジャージに薄手のウィンドブレーカーという服装ですが、自転車を停めると瞬く間に体が冷えます。10分も休まず再び走り出しますが、やはり寒くて日の出が待ち遠しい・・・川越線のガードを潜って高萩北でT字路に突き当たります。地図を確認しますがよく分からん・・・方角的には左折の様な気がして薄暗い周囲に目を凝らしますが、作りかけのバイパスっぽく見えて行き止まりなんじゃないかという気が・・・ほとんどの車は右折して行くので、従うことにしました。真っ直ぐに伸びる大陸的な並木道を進むとほどなく、「↑R407 東松山」の青看が現れ一安心。暁光を反射し始めた水田の中を走り、鶴ヶ島市に入った辺りで日の出を迎えます。そろそろ通勤の車が走り始める時間なので、注意して進まなければ・・・関越道を越えて坂戸市へ。間歇的にホームセンターやファミレスが現れる道を20km/h弱に落ちたペースで北へ進みます。夜明け前後で体が重いし、周りは全国共通のロードサイドの景色だしで、テンションは下がり気味。そろそろR254の案内が現れる頃合いですが、今日はやや西を並走する県道に折れなければならないので注意が必要です。「一筆書き」の成否はこの県道に入れるかどうかによって決まるのです・・・
バイパスを離れ、東上線に沿って走る旧道へ。東松山へ入ります。忘れじのデムパ系テーマパーク「神秘珍々ニコニコ園」の最寄駅として有名な(?)高坂駅を通過。交差点ごとに地図を確認しながら進みます。「←鳩山」の青看はスルーし、「←小川  吉見→」の案内が立つ場所を、迷いつつ左折しました。すぐに突き当たって「←越生・鳩山  R254→」を左へ。元北方向へ戻ってしまうのかを心配しつつ、関越ガードを潜る際GPSのコンパスを確認すると、取り敢えず進行方向だけは合っている模様。交差する大きな道がR254なので、突っ切って真っ直ぐ進めばいいんだよね・・・踏切なんて渡ったっけ?
一瞬の迷いがゲームを落としました(泣)
少し戻った辻に立つ地蔵様が南に向いていて、左折するのが昔からの道筋なのかと思ってしまったんですよね・・・でも、武蔵嵐山駅前のこの青看を見落としたんですから言い訳はできませんな。
道は少し不安になるくらい、どんどん下ります。突き当たりに二車線の大きな道。これってR254じゃないよね・・・新興住宅地みたいなので、大型店が並ぶ街路が国道並みに立派に見えるだけ・・・だよね?
・・・
・・・やがて現れた青看には「←小川町↑寄居」の文字・・・どっちもR254じゃん(泣)
1/145,000のダソー地図に街路レベルまでナビゲートして貰おうというのが、そもそもの間違いでした。2キロほど手前にあった踏切を、そのまま渡れば良かったという訳。
調子よく降りて来た坂を見上げ、溜息暫し・・・R254を藤岡方面にひたすら走れば、十石街道の児玉を通ることは間違いないので、この時点で「一筆書き」は諦め、帰路に寄り道する予定だった小川町方面へハンドルを切ります。道の駅があったので、ベンチに腰を下ろして小休止。駐車場には大きくて微笑ましいオブジェが鎮座していて、「和紙の里」と書かれています。国の重要無形文化財の指定を受けている「細川紙」が特産品であるとこと(wikipedia『小川町』より)。小川和紙は1300年の歴史を持ち、戦時中あの風船爆弾にも使われたそうです・・・
と、ここまで書き進めて来た過日、細川紙がユネスコの世界無形文化遺産に登録されたという衝撃的なニュースが!!
軽く触れるだけにしておこうかと思ったのですが、このオブジェに敬意を表して、細川紙について分かり易くまとめた小川町のサイトを見つけたので、紹介させて戴こうと思います。
細川紙がユネスコ無形文化遺産に登録決定!!(←クリックすると小川町教育委員会公式ページが開きます)

・・・てなわけで、自宅から道の駅「おがわ」まで、82キロを5時間で走り、総平均速度は16.4km/h。

今後のルートを組み立て直す必要を感じつつも、計画とは反対の方角から小川町に来ることになってしまった為大いに混乱し、復路に予定していた「下里分校」の方角すら分かりません。すぐ近くまで来ている筈なのですが・・・地図を広げて頭を抱えていると、「どこかお探しですか?」の声。。。ジョギング姿の親切な男性に、丁寧に道を教えて戴きました。
「『のんのんびより』でしょう?」←正解ですwww
町の教育委員を務めておられたというこの方に教えて戴いた話によると、毎春、桜を目当てに訪れる写真愛好家が姿がチラホラ見られる程度・・・だったという観光客が、去秋にアニメ『のんのんびより』が放映されると一変。もともと下里分校は、首都圏では今や希少な木造校舎の残る廃校として、写真愛好家や廃校愛好家の間ではよく知られる場所だったとの由ですが、前記の作品の舞台となる学校がここをモデルにしているとネットで話題になると、アニメに描かれた場所を訪問する「聖地巡礼」のファンの姿が一気に目立つようになったそうです。
かく言う私もまた、去年の今頃はまだ、アニメとは無縁の人だったのに・・・不惑を四つも過ぎたオッサンが、チャリで「聖地巡礼」(!)を始めるなんて、年を取ってから知る愉しみは、思いのほか深い!という印象です(^ ^;)それにしても、平日早朝から見知らぬ中年男同士が、「にゃんぱす~」とか言ってるここは本当に平和で良い所
手漉きの和紙をイメージさせるような、滑らかな流れに沿って進みます。先ほどの男性に教えて戴いた通り、道の駅から東に800m程の橋を渡ると、すぐに分校の案内板が立っていました。到着~♪

先ほどの男性が仰った通り、門に「のんのんびより雑記帳」と記されたノートが吊るされていました。開くとページの三分の一ほどはイラストで埋まっています。どの絵もとても上手なので、本職・或いはそれを目指している人達なのかしら?フランスから!?こっちの人はスペイン!?「脱力系」を愛する人々の、圧倒的な行動力。注意書きに自転車の校庭への乗り入れ禁止とありましたので、駐車場との境界と思われる石柵に自転車を立て掛けて見学させて頂きます。同じく注意書きによると、校庭は見学自由ですが校舎内への立ち入りには事前の許可が必要とのこと。朝早い時間ですので後者については通用口の窓を覗いて満足することに。こちらのNPO法人が管理されているとのことですが、木造校舎は掃除・手入れが行き届いている印象でした。校庭にはアニメでは省かれてしまったヤシの木と、桜の樹が五本。5月21日放送予定の番組(『世界仰天ニュース』?)のロケが先日行われたとの由ですが、訪問日には丹精された花壇のツツジが綺麗でした。たっぷり30分ほども楽しませて貰ったのに対して申し訳ないような金額ですが、渡り廊下に置かれた竹筒に寸志させて戴き、下里分校をあとにします。
再び国道を東へ。町屋が間口を並べる風景は「武蔵の小京都」と呼ばれ、川越と秩父を結ぶ往還に沿って町が発展したことを教えてくれます。宿場としては道を間違えなければ通る筈だった川越・児玉往還の奈良梨宿が有名ですが、荒川に沿って延びる秩父往還とは別に、小川町~粥新田峠を経由する脇道があったようで、秩父の生糸はこの道を通って運ばれたとのこと。小川町商工会のページには、和紙と並ぶ特産品として「小川絹」が紹介されていますが、正倉院宝物殿にも保存されている武蔵絹を代表する銘品なのだとか。二年前、秩父高原牧場へ行く途中見掛けて強く印象に残った「波打つ家」はそのままでした。梁が折れてしまったのか、屋根を波打たせながらも必死に風雪に堪えている様子ですが、三月の記録的な大雪で潰れてしまったと思しいビニールハウスやカーポートを幾つも目にして来たので、西山材を使った町屋は趣があるだけでなく、風土に合った堅牢さを備えていることが実感できます・・・ちょっと待て。秩父高原牧場に行っちゃマズイだろう。
地図を確認すると、R254は駅を過ぎてすぐ右に曲がるのでした。。。寄居町へ。そろそろ職場へと急ぐ人達の往来が激しくなって来た道の左端に張り付いて寄居町へ。カントリーサインを超えるとすぐに、銀色に輝く巨大な建物が丘の上に見えました。去年7月に稼動したばかりのホンダの寄居工場です。生産拠点の海外への移転が進む自動車産業にあって、国内に工場を新設することがよほどの意外感を誘ったのか、朝日新聞によって「日本の自動車メーカーが国内につくる最後の乗用車工場」との名を奉られてしまったそうですが、ホンダは狭山工場のラインを徐々にこちらへと移す計画と聞きますので、雇用や国内の生産台数が増えるかどうかは微妙・・・ということらしいです。寄居町と周辺地域の経済へ大きく寄与するだろうことは、通勤の車列にピカピカの新型車が多いことを見て、何となく感じることができるのですが。後続車の追い越しに注意しながら、荒川を渡ります。
R140との短い重複区間を経て、深谷市内を北へ。遥か山際まで田圃が広がる所々に、工場が散在する景色。集荷を急ぐトラックは、三軸以上の大型車ばかり。喉や鼻にザラザラした物を感じ、数キロ進む毎に痰がからみます。ヘコヘコ漕いでいる右脇を、紫のアンカーの男性が颯爽と追い越して行きました。AM8:30  自宅から七時間半も掛かって、ようやく十石街道の入口に当たる児玉に到着しました。道の駅「おがわ」からの距離は28キロ・自宅からは113キロで、区間平均速度・総平均速度はそれぞれ17km/hと15km/h・・・
いよいよ神流川を遡る区間が始まります。よって、何は無くとも腹ごしらえしたいのですが、座って食事できそうな場所は見当たりません。仕方がなく、セブン-イレブンで買った総菜パンを詰め込んで出発。始めの2キロは普通の住宅地が続きますが、スピードメーターが20km/hを割ることが多くなったので、遠からず山道になることが分かりました。でも食事できそうな場所は他にも結構、あったね(T T)本庄市から児玉郡神川町・いよいよ群馬県へ。女掘川を渡ると家も疎らになり、風景がグッと「らしく」なります。上州の山並みに近づくのを感じながら、長くない橋を渡ると「藤岡」の文字。思っていたほどには神流川の幅は大きくありませんでしたが、いずれにせよ、目的地と同じ群馬県に入ったことは間違いありません。藤岡市に編入される前は多野郡鬼石町だったとのことですが、地名と関係があるのか、沿道には石屋さんが目立つような???近傍で採れる緑色片岩の三波石は、非常に高価な庭石として珍重されているとのこと。職人さんの習作と思しい、UMAオブジェに目が釘付け。真の才能を目にした衝撃から道を間違え、長瀞・皆野に向かう道に進み掛けてしまいましたが、本来の道に戻って神水ダムへ。管理事務所のインターフォンを押して、優しそうな所員の人から本日最初のダムカードをゲトしました。次の下久保ダムの管理事務所の場所が分かりませんが、行けば何とかなるでしょう・・・

なんと、出掛ける前に調べるのを忘れていたよ。。。

この計画性の無さが災難を招くのは、当ブログで毎度繰り返される、お約束のネタってことで。

道の駅「上州おこし」の西から、明らかに旧道と分かる道が左へと分かれ、分岐に「下久保発電所」の案内が立っています。常識ある大人ならば、ダムの「管理」をする人と「発電」をする人は、違う場所で仕事してる筈だ!・・・ということに思い至って然るべきなのでしょうが・・・自分が「常識ある人」でも「大人」でもないことを、私は嫌というほど思い知ることになります。
車の往来が皆無の道へと、自転車を向けます。新緑が眩しい小路を漕ぎ進むと、「三波石峡」の案内が現れました。ダム直下から約1キロにわたり、神流川の清流に48石の三波石の巨岩が転がる様を見る事が出来るとのこと。三波石四十八石にはそれぞれ名前が付けられていますが、ラクダ・像・虎・獅子など、知ることが難しかっただろう動物の姿を石の中に見つけた昔の人の想像力に感嘆します。場所や形を解説するサイトがありました(→水資源開発機構・下久保ダム情報ページ内の『三波石四十八石の紹介』)。城峯山へ向かう橋(登仙橋)のうえで写真を撮っていると、黒いMTBの男性が元気な挨拶を残し、激坂へと消えて行きました。渓谷美を鑑賞しながら、左岸の道を西に進むと、予想したように堤体の真下に出たのですが・・・川とそれに添う道は堤を避ける様に北へと続いています。堤が南北に延びる小さな峯に沿っているように見えるのが解せないし、なにより、地図には描かれている堤体の上と発電所を結ぶ道が、この場所からは見つけることが出来ません・・・不安を感じつつなお500mほど進むと、疑問は氷解しました。
堤体が上流に向かって、L字に折れ曲がっているのです。先ほど見えた部分は埼玉県側に造られた高さ73mの補助ダムで、180度向きを変える流れを遮ることが出来るように、北側に直交する堤高129mの重力式ダムの本体が、川が蛇行して正対する場所に姿を現したのでした。貯水量を確保する為にこの様な特徴的な形になったらしいですが、素人目からも力学的に難しい設計・施工であっただろうことが窺えます。最初に見えた補助ダムが築かれた岩盤は透水性が高かったため水を遮断する措置が必要となり、上部をアスファルト、下部をコンクリートで舗装した遮水壁で水を遮っているとのこと(wikipedia『下久保ダム』より引用)。
壮観です。
自転車で辿って来た道はダムの堤体に阻まれて川を遡ることを止め、左岸を北に向け登って行くようです。突き当りの発電所は厳重なゲートに閉ざされ、「おじさんダムカードちょうだい」などと闖入できる雰囲気ではありません。。。
左岸の道の角度wwwwwwww~
「仕方がない・・・のぼろ・ぅ・・・」(←『八甲田山』三國連太郎のセリフ風)
ポカポカ畑で作業されている方たちに、「おはようございます」と挨拶しますが、う~ん見事に反応ゼロ。お年寄りばかりみたいなので、雪の上のウサギのフン並に派手な服装の男を見落としても、仕方がないでしょう。またwikiの引用になりますが、下久保ダムの計画時に500m下流に堤体を建設する対案があったそうで、もしそちらの計画をもとにダムが建設されていたならば、この栢ヶ舞(かやかぶ)地区の山里の風景を目にすることも叶わなかったはずです。たった500mの違いが水没した364世帯と決定的に運命を分けてしまうのですから、残酷ですよね。用心深くなってしまうのも、当然なのでしょう。
国道のトンネルを抜けた先に、ダム管理事務所の案内がありました。堤体上へと降りる途中には小さな牧場らしい場所が。例のL字の角からの見晴らしはさぞかし、とは思うものの、高所恐怖症には無理な相談でした。。。再び埼玉県に入りダムを渡り切りますが、そこは切り立った崖と、何かの機械を収めた建物があるだけで、管理事務所らしきものはありません。懇切丁寧なダムの解説とともに神流湖周辺の観光内図が掲げられており、それによるとダム管理事務所は道路を挟んで向かいの小径を上らなければならないらしい・・・
これって・・・階段じゃん(泣
自転車をデポできる雰囲気ではないので、押し担ぎで登ります・・・管理者が推奨するだけあって絶景が楽しめる道で、ダム湖は勿論、三波石峡も登仙橋の手前まで一望できました。桜の木が多いので、花の季節は素晴らしいでしょう。休み休み20分ほど押し担いで管理事務所に到着・・・んっ!?車が沢山あるじゃないのさ!?・・・車は先程の場所から林道経由で上ることが出来るらしい。よくよく考えれは当然のことですが・・・それなりに疲れているらしいです(^ ^;)
二階事務所でダムカードを戴いた後、一階の資料室を見学します。江戸時代から神流川八堰と呼ばれる堰を流域の村々が整備して田に水を引いていたこと、どの堰からどれだけの水を引くかということで村々の争いが絶えなかったこと、神流川の水利を巡る武蔵・上野の争いの歴史などがパネルで紹介されていました。ほぼ同じ内容のものを、以下のサイトで読むことが出来るようです⇒水資源機構下久保ダム管理所【神流湖WEB】
生きて行くのに欠くべからざる、一番大切な資源を普段疎かにしていることを感じ、反省しました・・・
湖の北岸を走る国道へ戻るよりも、南岸の林道っぽい道の方が面白そうなので、こちらを使って行ける所まで行ってみようかと。新緑が眩しく、気持ち良い道です。「西神山森林公園→」の案内のある分岐は直進方向が普通のニュアンスだったので、案内通り湖岸に降りる道を選択・・・「マナー街道」と書かれている以上こちらが主要な道で、きっと対岸に橋が掛かっているものと考えたのでしたが・・・早計でした。
1キロ×100mの激坂下らされて行き止まり・・・orz
「仕方がない・・・のぼ(ry」・・・分岐から通行止めと書かれた西に向かう道を進むと、落石があったり路肩が崩れたりしているでもなく、対岸の国道へ続く橋へ出ることが出来ました。南詰に「この先通行止め」と出ているので、橋に問題がある訳でも無さそう・・・結局通行止めの理由は分からず仕舞い。欄干には神川中学校の生徒さんが描かれた絵が掲げられていました。みんな、のびのび描いていて良いな~  ところで、地理院地図でこの橋は「琴平橋」となっていますが、主塔には「金比羅橋」と書かれていました
群馬県側の国道に戻り9キロ弱・30分ほど走ると、土坂峠の案内が現れました。正午過ぎなので、峠上りの前にバス停のベンチで昼食を摂ることにします。多野郡神流町の生利地区という場所ですが、橋から眺める神流川は流れの幅がまだ30~40mあり、川の上流という雰囲気はありません。カロリーメイトを胃に収めて峠上り開始。
十分休憩した後挑んだ峠は、私のブタ脚でも何とか漕いで登ることが出来る、穏やかで静かな山道でした。勿論、5キロ×標高差120m+の道程に40分も掛かっているので、いつもの通り、苦しんだことには間違いありませんが・・・(^ ^;)千本桜については、標高が高い分遅くまで花が散らずに残っていてくれるのでは・・・と、一縷の望みをつないでペダルを回したのですが、果たしてというか、案の定ほとんど葉桜でした。
8キロの峠道を20分で駆け下り合角ダムへ。「西秩父桃湖」という別称を持つ由ですが、ダムが竣工した時の県知事の御嬢さんにちなんだ名前というのが、もっぱらの噂・・・生臭い話だなぁ(苦笑)
管理事務所のある展望台は団体で訪れた人達で賑やかでしたが、その中の一人・穏やかな言葉遣いの紳士に声を掛けられ、しばらく自転車談義にお付き合い戴きました。本日三枚目のダムカードをゲトして、吉田川沿いの道を東へ急ぎます。
明け方は寒かった気温も、午後には初夏を思わせるほどまで上がっていたので、昼食は冷たい蕎麦かうどん!!・・・と決めて吉田の道の駅に寄ったのですが、あいにく食堂のみこの日は休業。。。 明治の激化事件の一つ・秩父事件についての説明版がありました。私の曽祖父は金禄公債を元手に馴れない製糸事業に手を染め、あまつさえ失敗して横浜に流れて来た人なので、全くの他人事、ではない訳で。。。そういえば、2011年に加波山の林道も走っているのですが、こういう説明版みたいなものを目にした記憶がありません・・・気が付かなかっただけで、どこかにあったのかな?
長瀞~寄居と荒川沿いに下る道々、個人の店を覗きますが休憩中の所が多く、結局いつも通りのファミレスで遅い昼食にありつきました。途中、大好物のリアル系案山子を発見。スレンダーな、可愛い女の子を造形したい!と気持ちはビシビシ伝わって来るのですが・・・少々かんのむしが・・・ド貧脚が小川町に戻ることが出来たのは陽が落ちた18時過ぎ・・・最初の計画通り走っていたら、下里分校の見学は諦めざるを得なかったでしょう。道を間違えたおかげで楽しい出会いもあったし、幸運を拾うことが出来た・・・というわけ v(^o^)
小川町からは奥武蔵の山縁を縫うように、県道30号を使って比企郡・入間郡を南に下り、飯能を目指します。越生に入ると残照も消え、家路を急ぐ車列に狭くて暗い県道から弾き出されそうになりながら、必死にペダルを漕ぎました・・・疲れていても何度か使ったことがある道なので迷うことなく20時前に入間バイパスへ。環状線に入る頃にはメーター読みの速度も12~13km/hに落ち、自転車がゾンビ化した主の脚を回してくれるという、いつものパターン・・・(><)恥ずかしながらお尻が限界で、八王子からはサドルに腰を下ろすことなくず~と立ち漕ぎ・・・でも、なるべくペダルは踏まずに惰性で走る、とっても変な人になっていました(^ ^;)自宅に着いたのは日付が変わった9日の夜半過ぎ。犬吠埼往復より30キロ近く短いのに23時間も掛かってしまいました・・・
景気が上向いてきたせいかトラックが非常に多くて、喉や鼻に終始違和感を感じて走りましたが、楽しい出会いもあったし、全走では初の上州の道を楽しむことが出来たので、やはり望外の一日だったというべきでしょう。

さて、十石峠に挑むことが出来るのはいつの日か。


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こちらも宜しくお願いしますm(_ _)m
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2 件のコメント:

横尾寿秋 さんのコメント...

最近は何だか長距離多いですね~
この辺りは実家から車で昔良く行きました。
そのまま御荷鉾スーパー林道辺りを迷走しましたよ
20年前なので道も殆ど未舗装でした。
下久保ダムは水量が少ないと嘗てダム湖のそこに沈んだ町が見えてとっても不気味です。

タマチャリン

ボラザぢぃ さんのコメント...

タマチャリンさま

コメントの公開の方、大変遅くなってしまい申し訳ありませんm(_ _)m

御荷鉾スーパー林道!・・・夢ですねぇ。自転車ですとスケールが大き過ぎますが・・・
一昨年夏貯水率が下がった時、やまいがさんの掲示板でしたか、見えるとか見えないとか話題になっていましたね・・・

今年の夏吾妻線に乗ることができるかどうかなのですが、既に付替え線を走っているとのことなので、去年車窓から眺めた景色を見ることはもう、できないのでしょう。
必要な事とは云え、寂しいことですね。

コメントありがとうございましたm(_ _)m