2013年12月8日日曜日

麦草峠・白駒の池・野辺山高原


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朝晩の冷え込みに冬の訪れを感じる今日この頃。今年は秋が短かったように感じるのですが・・・自転車で出掛けるには最高のシーズンもそろそろおしまい。野山を目指して街道を飛ばす愛好家の姿も減って来てしまったように感じますが、皆様お元気にお過ごしでしょうか?かく言う私は富士山一周以来退行モードに陥ってしまい、各地の紅葉を伝えるニュースを横目に見ながら、恨みの溜息を洩らす毎日(T T)季節が二回も変わってしまってから漸く、夏のライドをまとめるべく重い腰を上げている訳ですが・・・
常々ご覧いただいている通り、当ブログの筆者は頭の働きが弱い生物ですので、上は下よりも良いという単純極まるシンボリズムだけを頼りに、「自家用車で越せる日本一標高の高い峠」=大弛峠・「自家用車で行ける日本一標高が高い所」=富士山スカイラインの富士山富士宮口新五合目・「国道の中で日本一標高が高い場所」=R292渋峠を訪問した次第・・・と来れば、つぎは国道が通る場所としては渋峠に次いで標高が高い麦草峠に照準を合わせるのは自然な成り行きではないでしょうか?(←馬鹿は高い所が好き)
で、普通は「◯◯分以内で上る!」とか、「足ついちゃダメ!」とか目標を決めるのでしょうけれど、根性無しのブタさんにはそういう約束はナシってことで(^ ^;)

決行予定日は9月10日。眠い目をこすりながら各社の予報を確認すると、諏訪・野辺山の天気は概ね晴とのこと。標高差がありますので体温調整のための服装に迷うところですが、上は夏用ジャージの下にアンダーレイヤー・下は長いレーパンの上に3/4パンツを履き、リュックサックにウィンドブレーカーとジャケットを放り込みました。野暮メール・猫の餌やり・身支度を30分ほどで片づけ、恨みを含んだニャンらの視線を感じつつ戸締りし、駅へと急ぎます。自転車をパッキングして八王子行の始発電車へ。八王子で乗り換えた後、6:14高尾発の中央本線の松本行に滑り込みます。興奮してあまり眠れなかったので、二度の乗り換えはゾンビみたいな状態。運転席背後のいつもの場所に自転車を置くと、発車と同時に眠りに落ちました・・・

・・・ZZZ・・・目が覚めると小淵沢。あまり天気が良くないような?今のところは雲が多く、八ヶ岳は麓の方がぼんやり見えているだけ。心配しつつさらに20分ほど電車に揺られるうち、若干空が明るくなってきました。8:50に今日の出発地・JR茅野駅に到着。昭和47年まで小海線で活躍していたC56が鎮座する北口へ降りてパッキングを解き、九時過ぎ長野の愛好家の聖地を目指し自転車を漕ぎ始めます。茅野の街は、子供の頃父母に連れられ訪れて以来およそ三十年ぶりなので、記憶の彼方の風景と眼前の近代的な街路の落差に戸惑いつつペダルを漕ぐうち、国道へ出ました。ここから湖東までの7キロほどは、R152とR292が重複する区間。高遠以南では本邦屈指の酷道として名高い?「秋葉街道」として知られるR152ですが、茅野から高遠までの区間では「杖突街道」、いま走っている上田から茅野の区間は「大門街道」になるとのこと。豊かに穂を垂れる水田の景色の中、真っ直ぐ伸びる道を坦々と漕ぐうち、雲の上にいる誰かが巻物を広げて見せてくれたかように、ふいに雲が切れ、八ヶ岳連峰が 墨絵の様な姿を現しました。南八ヶ岳の方向はまだ雲が低く、主峰の赤岳(2,899m)はあいにく雲を被ってしまっていますが、切れ間から硫黄岳(2,760m)らしい頂が見えています。対して、北八ヶ岳の稜線は全て見渡すことが出来、蓼科山(2,530m)と横岳(2,480m)を頭と肩、天狗岳(2,646m)や根石岳(2,603m)を腰という風にそれぞれを譬えるなら、麦草峠が本当に馬の鞍みたいに見えています。いよいよあの馬上に這い上がるンですヨ!・・・ふぅ(溜息)。

「←白樺湖・上田」の青看と共に大門街道と別れると、やっぱりキタヨー真っ直ぐ系の坂。「メルヘン街道」に相応しいコスモスに目を遣る余裕もなく、止まってしまいそうなrpmでクランクを回します。地形図を見ると、蓼科湖の南側は無数の沢が入り組んで複雑な起伏を作っていることが分かりますが、糸萱大橋を渡ると、赤い幹のマツが目立つ混交林の中を右左する道に変わりました。まだ1,200m+位ですが、ブナの葉の先の方だけ、早くも色が変わりかけています。さすが国道だけあって、九十九折れでも勾配が大きく変化することなく、坦々と上って行きます。山の中でも交通量は多めな印象。いやはや、キツイっすな~。。。一帯は蓼科の別荘地らしく、凝った表札や郵便受けが道の両側に並びますが、建物はどれも道から奥まった場所に建っており、時折白樺の幹の間からチラリとその存在を窺わせるだけです。飼い主と朝の散歩をしているのが貴族的なボルゾイだったり、ナンバープレート横に「仮免練習中」と手書きしたボール紙を張り付けてウロウロしている車が白いメルセデスのクーペだったりする点が、どういう方々がお住まいの場所なのかを問わず語りしていたりする訳ですが。大きな弧を描くカーブの内側に、優に4m以上の高さがある石碑が立っていました。「大石峠開通記念碑」と刻まれています。大石峠は目指す麦草峠から400mほど北にある場所のようですが、私が調べた限りでは、車道が通っているとの情報を見つけることは出来ませんでした。碑に記された昭和41年は麦草峠を越える県道が出来た年(主要地方道茅野佐久町線→昭和57年4月に一般国道299号に指定)に当たりますが・・・?丈の低い草原を割る様に、絵に描いたような小川が流れていて気持ちが和みます。1キロほど下流に乙女滝横谷渓谷があるとのこと。カロリーメイトを齧って出発。売り札が掛けられた優美なコロニアル様式の別荘には、盛夏に涼しそうな離れがついていますが、母屋共々荒れた雰囲気。直すだけで相当お金が掛かりそう・・・って、無理して縁のない話しているな~www

カラマツの植林地を抜けて、梢の間から茅野の街並みを見下すヘアピンカーブを曲がると、再びしばらく別荘地が続きます。分譲区画の間に残る森自体はカエデ・シラカンバがみっちりと茂って良い雰囲気なのですが、流石に9キロ近くこの調子だと変化が無くて飽きる(^ ^;)改めて文字にすると寒ぶイボですが、当時放映されていたTVドラマの影響もあって、若い頃は「高原での出会い」みたいのに憧れたりした訳ですが、日々の暮らしに追われる下層民に縁がある筈もなく、不惑を過ぎ万に一つの可能性も消え失せた身には、非常に身の置き所が無いというか、よそよそしい感じが拭えません。ぶたは負けっぷりひとつとっても潔くない!・・・でしょ?www
1時間以上掛かって別荘地を抜けると、道の両側から白い幹が消え、針葉樹の薄暗い森に入りました。短い周期で九十九折れる道は別荘地の中よりも勾配が緩く、若干ペースが上がります。標高は1,800mを越えて、マツ科の黒い幹の森に、モミだかトウヒだか、クリスマスツリーみたいな円錐形の樹形が目立ってきました。みちの左側に何かの施設の入口が。「茅野市千駄刈自然学校」自然教育の普及を目的としたNPO法人の拠点が置かれているとの由。いよいよ冬季閉鎖の為のゲートが現れました。そろそろ寒く感じるのでライダーズ・ジャケットを追加。いくつかのサイト様に紹介されている「日向木場展望台」を取り敢えずの目標にペダルを漕いでいますが、残すところあと2キロほどの筈。GPSのトリップメーターとにらめっこ。100m進むのがなんと辛いことか・・・(◎д◎;)
枝の先に丸く葉が付いたツガの森。ひときわ大きい一本が生えるカーブを曲がると、左側のススキの原の向こうに四阿が見えた気がしました。12:20標高1,960mの日向木場展望台に到着。ここまで25キロを3時間10分で走り、総平均速度は7.6km/h。。。

期待していた展望は・・・天気のせいなのか、丸山(2,329m)~冷山(2,193m)の稜線が一望できる他は特に何かが見えるということも無く、その点はやや期待外れ。ただし秋にはカラマツの黄葉が素晴らしいとのこと。展望台への昇り降りの間も次々と、駐車場に車が入って来ていました。ここから峠まで残り3キロほど。あとひと頑張だ~どっこいしょ~(><)
木は皆クリスマスツリーみたいな格好をしていますが、ゴツゴツした岩場の地面のすぐ上から、真横に張る枝が多く目立つようになってきました。陽のあたる岩の間は熊笹が埋めています。「27号」と標識が立つカーブで、こらえきれず一休み。カーブミラーで自分撮りをして上を見上げると、三角形の梢の間から縞枯山 (2,403m)が見えました。ロープウェイで上ったことはありますが、改めて直下から見上げると、緑と枯木の帯が山腹に縞模様を描いているのが確認できました。「縞枯れ現象」はマツ科モミ属の常緑針葉樹であるシラビソ・オオシラビソが帯状に枯れ、その縞枯れの帯が、山頂に向かって長い年月をかけ移動していく現象(斜線部:wikipedia「縞枯山」より引用)を指し、特に蓼科山・縞枯山の北八ヶ岳で顕著にみられるとのことですが、なぜ標高によって成長と枯れ死のサイクルが異なるのかについては、まだよく分かっていないようです。
じっとしていると、汗が引いて寒い位。家族連れのワンボックスカーから投げられる奇異の視線を意識しながら「補給」と称するチョコレートを貪り、渋々痛む尻をサドルへと載せます。『五辻・横岳ロープウェイ  狭霧苑地・麦草峠』と書かれた指導標が現れました。何かの骨のように真っ白く枯死した幹の間から、湿地の中に木道が延びているのが見えます。脇の地図を確認すると、丸山(2329m)へ向かう登山道が麦草峠まで国道と並行して伸びているようです。例の大石峠もこの地図に描かれています。ダケカンバの林に作られたカーブを抜けると、ふっと脚が楽になって、道が平坦になったことを知りました。路傍に立つ標識には『メルヘン街道 標高2,100m』とあります。今までとは少し違う雰囲気の、やや舗装が荒れた路が真っ直ぐ東に向かって延びています。ススキと熊笹の道をゆっくりと漕ぐと、佐久穂町へ入ったことを示す標識。峠・・・なのかな?道路の北側は小さな池(先ほどの地図によると「茶水池」)・南は熊笹が茂る緩やかな丘になっていて、さら向こうは針葉樹に覆われた真っ黒い尾根が、空高く伸びているのが見えます。写真を撮っていると、白いLOOKでゆっくり流す男性とすれ違いました。会釈すると野太い声で挨拶を返していただきます。そういえば意外なことに、今日はこの時までサイクリストの姿を見かけることはありませんでした。400mも進まないうち第二サイクリスト(?)を発見。やはり佐久穂方面から上って来られた様子。ひょっとして、佐久穂から上るのがデフォなのかしら???

午後一時を回ってようやく峠に到着。『メルヘン街道最高地点 麦草峠 2,127m』の標識の下で記念撮影。足つきはいちいち数えてられない位してしまいましたが、取り敢えず押し歩きはナシで茅野から峠まで漕ぐことが出来ました。渋峠の方が断然苦しかったです。それにしても、世の中には山伏峠志賀坂峠十石峠の後にこの峠を越えてしまう人がいるらしいのですから・・・( ゚д゚)
茅野駅から29キロを4時間弱で走って、総平均速度は7.3km/h・GPSport245による標高差は1340m・平均勾配4.6%となりました。

感慨に浸るのもそこそこに、ダケカンバの赤茶色の幹が目立つ峠の東を下り始めます。。。4つほどカーブを曲がると白駒池の駐車場。それなりに頑張って上った(・・・自負だけ?)ので、これを見ずに帰る手はありません。「二輪車¥100」と書いてあるので番をしているオジサンに伺うと、要らないと言って戴きました。ありがとうございます!池までは歩いて20分ほどとのこと。しっかり施錠して出発!

トレイルに足を踏み入れると、周りはシラビソやトウヒ、ツガの鬱蒼とした森。陽の差さない森の底は青い苔に覆われていて、神秘的な雰囲気です。無に等しいアニメの知識を総動員して云えば、「腐海の底」みたいな雰囲気、とか?緑の絨毯にしか見えない苔も、この原生林においては実に485種が確認されているとのことで、全国で11ヶ所しかない「日本の貴重なコケの森」に選ばれているらしい・・・です。ルーペや大砲の様なカメラを抱えた人が、登山道のそこかしこに佇んでいます。道は平坦ですが大きな石が転がっているので、すれ違う人たちに挨拶しながらゆっくりと歩を進めます。十字路が現れました。案内板によると、右に向かうと高見石展望台まで45分・白駒池は左・直進どちらからでも行くことが出来る由。山に上る時間(と体力)はありませんが、湖畔を少し歩きたかったので左の道へ。繰り返しになりますが、針葉樹の枝葉に遮られ、陽は地面まで届かないのですが、苔の鮮やかさが眼を射る様で、薄暗さがネガティブな印象を与えません。静謐さが支配する森を抜けると、白駒池が姿を現しました。池の大きさは面積0.11平方キロメートル、周囲長1.35キロメートルで、標高2,000メートル以上の高地にある湖としては日本一(wikipedia「白駒の池」より引用)とのこと。あいにくの曇天ですが、青苔 荘の人達が船をつけて作業している湖畔からは、丸山(2329m)を背に静かに湖水を湛える湖を一望することができました。湖畔の道を西へ。大きく膨らんだ木の根のこぶや、黒い火山岩の上を渡る木道が良く整備されているので、濡れて滑る箇所さえ気を付ければ、駐車場から湖までの道よりも捻挫の危険は少なく歩きやすいと感じます。山小屋の人達が船から降ろしていて木材は、或いはこの木道に使われるものなのかも。湖畔は白樺が多い印象。この湖には長者の娘と小作の若者の悲恋の話とか、病身の父親と孝行娘の話とか、いくつかの言い伝えがあるようですが、訪れる者にふとそんな話を想い起こさせるほどに神秘的な雰囲気です。言うまでもないことですが、どちらのお話にも「白駒」が登場します。読みたいかたはこちらからどうぞ(小海町観光協会公式HP内「小海物語」)。
GPSを自転車から取り外すのを忘れてしまったため、距離がいまいちよく分からないのですが、やはり20分ほど歩くと白駒池の西端に位置する『白駒荘』に到着しました。午後二時近くでさすがにお腹が減ったので、ハイカーで賑わう山小屋に入ってそばを注文。一人で切り盛りされているようで、中高年登山サークルと大学生と思しい団体さんの注文を捌くのにかなり苦労されている様子でしたが、20分ほど待つうちにあったかいソバがやって来ました。味云々より、この景色を味わいながら、暖かいものが食べられる喜びといったら・・・滲みました。ごちそうさまでした!
外に出ると、冷たいものが頬に当たります。行きより早足で駐車場へ戻って管理人のオジサンにお礼を述べ、14時40分再びダウンヒルを再開します。

この先のルートに迷うところなのですが・・・
素直にR299を八千穂に向かって下りるのが一番楽チンそうですが、小海線の本数がねぇ・・・中央線の駅から輪行するなら、リエックスバレーや松原湖を経由する県道を下ってからR141(佐久甲州街道)を韮崎に向かうとか・・・
一応事前の計画では、韮崎の一つ手前・新府から輪行することを考えていて、遅くとも21:16の電車に乗れば、終電で中山に着くことができる・・・位に漠然と考えているわけですが・・・

飛ばし始めると舗装の荒れが気になります。補修跡が連続する箇所では、頭の髄までシェケナベイビー♪・・・で、手と肩に疲労を感じるまで、長い時間は要しません。一つ・二つ・・・とカーブを数えながら十個目・3.5キロ下った右側にお馴染みのゲートを発見。白駒林道というらしいのですが、持参した地図で確認すると、r480松原湖高原線に平行して150~200m標高の高い場所に林道が描かれていて、どうも稲子湯の方へ抜けられそうな気配。日没まで残り三時間・韮崎まで走るとすれば約70キロの行程を残した状態で、得体に知れない林道に足を踏み入れるのもどうかと思いましたが、原生林の奥に消えるダブルトラックは良く使われている印象で、二度と来られないかもしれないし、引き返すのも勿体ないし・・・進入。
標高1880m位から3%位の勾配で、南に向けてゆっくりと下るダート。最初の数十メートルで鳥肌が立つくらい素晴らしい道です。右も左も苔生した原生林で、時々アクセントを添える様に落葉松の植林が現れます。鼻をつく木々の済んだ香りと、キンッ!と張りつめた空気の冷たさ。耳に届くのはフリーとタイヤの音だけ。しろがねの銭かぞへるって、こういう静かさを云うのだろうなぁ。白樺の森が開けた広場で、秋の午後の陽を背中に感じ小休止をとります。あれっ?トップチューブのバッグが開いています!!慌てて中身を確認すると、しまっておいた筈のワイヤー鍵がありません。。。(T T)ホムセンで買った安物で、どの位使ったか思い出せない位古く、ボロイ鍵ですが、あちこち連れ歩いた相棒を守り続けてくれた思い出深い品。。。どこでしっかりした造りのバッグのふたが開いてしまったのかを考えると、飛ばしている時揺すられたR299の下りとしか思えず、上り返して探すとなると一時間やそこらのロスで済むとは思えませんし、一方でこの先林道がどの位続くか不明で時間も押しているしで・・・涙を呑んで諦めました(T_T)

芝沢を渡ると霧が出始めました。砂利敷きが切れて轍が深くなった道を30分ほど進むと、左側の森が消えて、谷に向けて鋭く落ちる場所に出ました。登山道が横切っていますが、倒壊寸前の指道標から現在地を知ることは出来そうもありません。そろそろ稲子湯の上辺りに差し掛かっている筈なのですが・・・東側の崖に立ってみるものの、霧で見通しが聞かない為に、現在地に関する手掛かりを与えてはくれません。晴天時には素晴らしい眺望が得られそうな場所ですが・・・
若干の不安を感じつつ自転車を走らせると、R299のゲートから4.8キロ・標高1740mの場所を境にして、猛烈な勢いで道が下り始めました。いつのまにか落葉樹ばかりになった森を縫う道は薄暗く、かつ路面はマディでそれなりに神経を遣わせられますが、有難いことにどうやらこのまま稲子湯まで連れて行ってくれる模様です。大月川の北側の沢だと思うのですが、趣のある滝がありました。あとひと月ほどすれば素晴らしい紅葉が楽しめる筈。一貫して南に向かっていた道が東へ向きを変えて九十九折れ始めると、「ミドリ池」或いは「中山峠・本沢温泉」の道標が立つ登山道と数回交差します。林道でさえ結構な勾配なのに、九十九折れるそれを串刺しにする登山道の上に、なんとレールと枕木が残っているらしいのですが・・・いくつかのサイト様で「渋林用軌道」と紹介されるこの軌道跡、ネット上の情報を総合すると長野営林局が昭和三十年代後半まで国有林からの木材搬出に使っていたものらしい。みどり池付近までは登山道伝いにレールが残るとのことで試しに「ルートラボ」で登山道をトレースすると・・・16.7%!!切り出した木を乗せ、ブレーキかけながら山を下りていたらしいのですが、麓までの道中はどんなジェットコースターも凌ぐほどスリリングだったのでは!?標高は1,600m位まで下りて来ました。ツガやカンバの足元は苔生した岩が多く転がり、間をシダの下生えが埋める様子は、勿論そんなはずはないのに、雨上がりを感じさせる艶やかさです。先ほどまでと異なり、むせ返る様な若葉の色。ゲートが現れ、舗装路に合流して、7キロ・一時間弱の短い逢瀬は終わりました。白駒林道R292~稲子湯上まで標高差は385m・平均勾配は5.8%。

山荘風の切妻の大屋根をもつ立派な建物は、北八ヶ岳の登山宿・湯治場として名高い稲子湯。かつての秘湯にもバスが通っていることから分かる通り、松原湖までは7.5キロの快適な舗装路・・・のはずだったのですが、やはり「日本一標高が高い温泉」として名高い、本沢温泉へ向かう道の分岐から1.5キロ下った辺りに強烈なバンプがあって、そこを30km/h弱で通過した際にクイルのクランプを中心にハンドルが30度ばかり、下を向いてしまいました。修理の為15分ほどその場で立ち往生。サドルバッグのアーレンキーは細いものばかりなので、自転車をひっくり返して格闘したもののハンドルは元の位置に戻らず、結局だましだまし駅まで走るしかないという結論に至りました。
あれぇ~GPSも調子おかしくなっていないか?ページボタンを押して標高を出そうとしたら今まで見たことのないアイコンが・・・
・・・何度かいじっているうちの直ったみたい・・・

稲子湯から20分余りで松原湖を通過し、16:15にR141へ。松原湖駅から輪行することも考えましたが、幸いブレーキは引き摺っていないようなので、乗車姿勢に若干無理を感じるものの、当初の予定通り佐久甲州街道を韮崎に向かいます。ここは八ヶ岳の麓なのだから、どうせ下りだけだし・・・えっ。。。違うの?
最初は・・・ほんの少しだけ上るみたいだね・・・すぐ下りになる筈・・・ゼエ・・・下りになる筈・・・ゼエ・・・ゼエ・・・なる筈・・・
・・・
ずーーーと上りじゃねえかっ!ざけんなっ!!!ゼエ・・・ゼエ・・・

車では何度も走っているのですが・・・九十九折れて上るほどの坂なんてあったっけか?・・・あっ  嫌なことを思い出しかけたかも。野辺山辺りに「鉄道最高地点」とかあった・・・ような・・・(T_T)(おおばか)
行く手のとんでもなく高い場所を、先ほど追い越して行った車が上って行くのが見えます。足掻こうが喚こうが、スピードメーターは一桁から上がることは無く、すっかり弱くなった陽に時計を確認すると、40キロあまり行程を残しているにも関わらず、既に午後五時!少し脚が楽になったように感じ顔をあげると、道路の両側は瑞々しいレタスで一杯。先ほどまで木々に閉ざされていた視界が大きく開け、見渡す限り高原野菜の畑が広がっています。晴れた日には道の西側に八ヶ岳が一望できる場所です。坂は緩くなったものの、まだまだ上りは続きそう。ガーベラやコスモスが咲く道を、高校生の部活動らしい一団が列になって走っています。大きなトラクターを操って水?農薬?撒きの作業していたオジサンが、噴霧器を止めて私が通り過ぎるのを待ってくれました。必死に立ち漕ぎ。野辺山高原は、小河内ダム(奥多摩湖)の建設で立ち退かされた人達や、満州から引き揚げて来た人達が戦後入植し、高原野菜の一大生産地に育てた場所なのだそう。『日陰の村』に語られた歴史の後日談に当たるわけですが、二転三転するダム計画に翻弄され、地域の紐帯を徹底的に破壊された挙句、入植地としてあてがわれたのは「甲州の蝦夷地」と呼ばれる氷点下20度まで下がる高地。岩がごろごろしている荒地を鋤一本で開墾するなど大変なご苦労があったとのことです。
野辺山駅の入口を示す標識が現れて3キロ弱進むと、国道の左側に見覚えのある踏切が現れました。『JR鉄道最高地地点  標高1,375m』・・・「JRの標高の高い駅ベスト10」のうち、ベスト9を独占する小海線。その最高点に立つ勾配標は、清里駅側が22‰・野辺山駅側が3‰の、ともに下り勾配であることを示しています。ここは中央分水界でもあり、最高地点より小淵沢側に降った雨は富士川となり静岡県富士市で太平洋へ、一方小諸側に降った雨は千曲川・信濃川となり新潟で日本海に注ぎます。当然野辺山は佐久甲州往還の「峠」でもあります。鉄道最高点から南東に伸びる道を1キロほど行くと、飯盛山への登山口に「平沢峠」と記された木標が立っていますが、晴れた日には八ヶ岳・南アルプス・富士山が一望できる絶景スポットとのこと。 やっと楽させてもらえそうだわ

県境を越えて南牧村から北杜市へ入ると、待ちに待った下りが始まりました。松原湖からここまで19.5キロを90分で走り、区間平均は13km/h。標高差は+378mで平均勾配は1.9%・・・現在午後六時・韮崎まで30キロですので、平均15km/hで走れば予定の電車に間に合いそうです。
海ノ口辺りでリュックにしまったレイヤーを、再び追加して出発。夏の終わりなのに、耳元で巻く風が冷たいこと。清里を過ぎるとずっと一緒だった小海線ともお別れし、当初の予定通り新府駅から輪行すべく腹を括りました。大門ダムへ向かう途中で日没を迎え、車のヘッドライトさえ疎らな真っ暗な道を、ぶたに命を預けて駆け下ります。

深い穴に落ちて行くような感覚。

前照灯が照らす暗闇の先を注視し続けること30分余りで須玉IC周辺の街の灯りが見えて来ました。この間20キロ弱を後にしていますので、平均速度は・・・?殆ど信号が無かったので・・・m(_ _)mそろそろ帰宅ラッシュの時間が始まるので、追い越しに神経を遣わなければなりません。お腹が減ったので大いにあてにして漕いだのですが、「道の駅にらさき」は営業を終えていてガッカリ。あとは有名な「アルプス食堂」ですが、新府駅まで3キロほどなので、予定より一本前の19:20の電車に間に合うかも!・・・というわけで、後ろ髪引かれつつスルー。
30分ほど時間がありますが、地図を見ながら辿り着いた場所は山の上へ向かう怪しげな小路。夜目に真っ黒な山の上には鳥居が立っていて、神社の参道か何かとしか思えないのですが・・・
急坂のふもとには水田しかなく、道を尋ねようにも人っ子一人いない闇が広がるばかり。1.5キロほど来た道を戻り、国道付近の辻で地図を見直しつつ周囲を伺いますが、立ち並ぶ家には灯りもなくひっそりしています。。。と、女子高生二人組が歩いて来ます。何せこんなボロイ風体ですので、不審の輩と間違えられないか不安ですが、背に腹は代えられず声を掛けます。
──すみません。新府野駅って、どう行けばいいでしょうか?
「◯◯ちゃん 新府の駅、分かる?
「知らな~い
「ふ・ふ・ふっ
「ふ・ふ・ふっ
──(たじろぎつつ)・・・でも、一番近い駅ですよねぇ???
「◯◯ちゃん 新府の駅、使う?
「使わな~い
「やっぱ使わないよね~
「ふ・ふ・ふっ
「ふ・ふ・ふっ
なんでぇ~  こんなぁ~にィ~  かわいいのかぁ~よォ~♪・・・瞬時に大泉逸郎化した顔を隠しつつも、頭の中は焦りで一杯。この世代の女の子とは、基本的なやりとりさえ、出来なくなってしまったのか・・・俺?
鼻の下伸ばそうが落胆しようが、無情に時間は過ぎて行く。。。と、キタキタキタキターーーッ!私と同類の匂いのするダメそうな頼りになりそうな人がっ!
老けたのび太君がママチャリ漕いでやって来ます。必死で同じ質問をぶつけると・・・
「新府野駅ですかぁ~すごく分かりづらい場所にあるんですよね。。。」
──(地図を見せながら)これを行ったら真っ暗い山へぶつかってしまったのですが・・・
「その道上って山越えて行くのですが、その先がまた説明しづらくて・・・」
──あの山を上るんですか・・・(溜息)
川沿いに動いた方が楽なので、塩川沿いの駒井や中条に住む人達は、直線距離で近い新府の駅ではなく、韮崎駅を使うのだという。。。
「大変ですよぉ・・・なんせ七里岩ですからね、アレ」

帰宅後調べると、七里岩とは釜無川により形成された浸食崖のことで、その名の通り小淵沢から韮崎まで南北約30キロ(=約七里)に渡って断崖が連なっているとのこと。特に韮崎市内では、塩川と釜無川の間に高さ10m~40mの泥流台地として横たわっていて、ほぼ並行して走る甲州街道(R20)と佐久甲州往還(R141)、それぞれの沿道に拓けた集落相互の往来を妨げる最大の障害となって来たらしい。面白いのは新府駅の前身が、七里岩に列車が這い上がるためのスイッチバックの信号場だったことで、少しでも勾配を減じる為か、現在は新府駅の前後で線路が蛇行している事が、地図によっても確認できます。ならば、集落と全然関係ない場所に駅があることが納得できるわけですが・・・時間がない・・・(^ ^;)
現在午後七時五分前・韮崎駅まで3.6キロ・走って分解してパッキングして19:24分発の電車に飛び乗ることが出来るのかっっ!!!
奇跡は起こりました・・・
実はやればできる子だった?(んな筈はないw)

【参考にさせて戴いたサイトなど】
南牧村 公式HP新タブで開きます。
小海町 公式HP新タブで開きます。
小海町観光協会 公式HP新タブで開きます。
【当ブログ内の関連記事】
こちらも宜しくお願いしますm(_ _)m
富士山スカイライン(御殿場口&富士宮口)
↑新タブで2011年7月26日付記事が開きます。
琴川ダム(乙女湖)・大弛峠(川上牧丘林道)
↑新タブで2012年12月27日付記事が開きます。
渋峠
↑新タブで2013年10月16日付記事が開きます。
開始日時終了日時
2013-09-10 09:09:272013-09-10 19:05:45
経過時間移動時間
09:56:1807:13:07
水平移動距離(km)沿面移動距離(km)
103.93104.53
総平均速度(km/h)移動平均速度(km/h)
10.5214.48
最高速度(km/h)最高標高(m)
58.412147
上り平均勾配(%)獲得標高(上り:m)
4.441346
昇降量合計(m)累積標高(上り:m)
46492103
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