2013年10月26日土曜日

渋峠(国道最高地点)


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書いてる当人以外、本当にどーでもいい事とは存じますが、おかげさまでこのブログも五年目に入りました。犬越路で痛い目にあった興奮冷めやらぬうちに、熱に浮かされた様に始めてしまったこのブログ。改めて読み返してみると、誤字・脱字・誤記・・・噴飯ものの酷い記事ばかりで。。。周囲でこの四年間に自転車を始めた人達はみな、とうの昔にレースやブルベなどにステップアップされていて、治まるべき場所を見つめられないでいるのは私位になってしまいました。趣味の世界においてこそ、その人の物事に取り組む姿勢や集中力は如実に表れてしまうもの。このブログを同好の皆さまに何かを伝える手段と考えるなら、散漫で怠惰な私にはあまりにも足りないものが多く、かといって単なる備忘録として続けていくには手間が掛かり過ぎる・・・といった具合です。本人にとって至って真剣なことであっても、同好の方の視線に立つとこのブログ全部がネタなんだろうなぁ。今さら直すのもめんどくさいので、恥は晒したままにさせて下さい。
いずれにせよ、恐らくは片手に満たない読者の皆さまのおかげで、なんとか駄文を書き続けることが出来ました。厚く御礼申し上げます。
で、普通ならここで今後の抱負とか、前向きな話とかの出番なのでしょうが・・・
ないんだな、それが。
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大弛峠に上った際まとめた記事で、「自転車を漕いで行ける標高の高い所」を調べてから、ずっと気になっていた渋峠。wikipediaには「横手山と白根山の間を通過する峠で、志賀草津道路(有料道路)として1965年に開通したが、1992年に無料開放され国道292号に組み込まれている。標高は2,172mで、日本全国の国道でも最も標高が高い地点である。」とあります。志賀草津道路が国道に指定されるまで国道の最高地点だったのは北八ヶ岳の麦草峠(2,127m)とのことですが、9月第二週に訪れたのは撮って出しでお伝えした通りです。この渋峠、長野と群馬の県境にあってなにしろ遠い。。。峠の南側を流れる吾妻川は利根川水系なのに対し、峠北側の角間川・峠東の松川は日本海へ注ぐ信濃川水系に属しています。つまり、中央分水界の峠という訳で、日帰り輪行を計画する場合、中山駅からの行き足の長さをどうするかが成功の鍵を握っているといっても言い過ぎではありません。最寄駅は吾妻線の長野原草津口駅ですが、到着時間は早ければ早いほどいい。『えきから時刻表』で検索すると、中山駅から5時ちょうどの横浜線上り始発電車に乗ると長野原草津口駅着は10時34分。23時42分の終電で中山駅に帰る場合、長野原草津口発は19時20分。駅と峠の間は往復70キロに満たない筈ですが、前半34キロは平均勾配5%で上りっぱなし。大弛峠は36キロで8時間掛かったのですから、7時間で上れれば御の字のはず。駅への帰路は15km/h=2時間半ほどで下れる筈であるにしても、パッキング時間15分×2を加えると行動可能な時間が1時間ほど足りない訳です。特急券をどうこうできる身分ではありませんので、新幹線使うという発想はハナからありません。それにしても横浜線の始発電車の運行開始時刻は遅くて、吾妻線の高崎出発時刻から逆算すると、6時12分中山発の電車に乗っても結局長野原草津口への到着時刻は変わらないという検索結果が出ました。京浜東北線の始発電車はもっと早くから運行している筈なので調べると、東神奈川4時26分発の始発電車で上野・高崎で乗り次ぐと、8時51分に長野原草津口に着くことが分かりました。表ヤビツに二時間以上かかるぶた脚に1時間半の違いは大きい。ので、ウォームアップがてら東神奈川まで漕いだ後で輪行を始めることに決めました。
結局ほとんど眠ることが出来ないまま、3時前自宅を出発。通いなれた道も真夜中走ると風景が新鮮です。今日にお供は父の所から出戻って来た青ひげ号。後輪がフレてブレーキを引きずっており、アジャスターの調整シロ一杯に使っても治らなかったため、さらに点検したところスポーク切れが発覚。先週慌ててスポークを張り替え、ろくに試験走行もせずに連れ出すこととなってしまったのですが、横浜上麻生線は非常に快調に走ることが出来て一安心です。結局1時間近く待ってから始発電車に乗り、人影も疎らな車内で短い眠りに就きました。上野駅での乗り換え時間が5分しかないので、事前の調べて置いたエレベータ位置に併せて秋葉原で先頭車から移動し、際どかったですがなんとか5時13分発の高崎行きに滑り込みました。運転席後ろに輪行袋を立てかけ、出発を待ちます。私の他、先頭車に乗るのはバックパックを背負った大学生らしき一団のみ。荒川を渡る頃には爆眠しており、以後の記憶はございません(^ ^;)
7時前に高崎。吾妻線に乗り入れる電車への乗り継ぎまで30分近くあるので、朝食を選ぶため一旦改札を出ます。美味しそうな駅弁をゲト。ホームに帰り待つこと暫し、入線してきた電車は運転席の背後がすぐベンチ
開始日時終了日時
2013-08-12 09:18:472013-08-12 16:25:45
経過時間移動時間
07:06:5805:21:12
水平移動距離(km)沿面移動距離(km)
70.9371.44
総平均速度(km/h)移動平均速度(km/h)
10.0413.35
最高速度(km/h)最高標高(m)
44.792190
上り平均勾配(%)獲得標高(上り:m)
6.251584
昇降量合計(m)累積標高(上り:m)
39841987
になっている型で、席がすぐ埋まってしまったので仕方なく対面ベンチの通路側に輪行袋を立て掛けるよう置きます。高崎~前橋は通勤・通学の人が次々に乗降し、非常に申し訳ない状態。通路を少しでも通りやすくするため、駅に入る度対面ベンチと横に座るベンチの間で動かしてみたりしますが、邪魔なことには変わりがない・・・m(_ _)m前橋を過ぎると空席が目立つようになり、車内は登山やハイキングの格好をした人の方が目につくようになりました。車窓の右に吾妻川が見えるようになった所で、弁当の出番。『高崎名物  鶏めし弁当』900円也。まいうっ!中之条を過ぎると左手遠くに榛名山・右側は1000m位の山が連なり、車窓からの景色も十分楽しめます。すったもんだあった八ッ場ダムの堤体は、岩島駅~川原湯温泉駅間の吾妻渓谷に設けられるとのことですが、良く見ると谷の両側のはるか高い所に付け替え道路の建設が進んでいる様子が伺えます。川原湯温泉駅の上に架かる橋の巨大さにぶったまげる。「川原湯1号橋」---例の事業仕分けの期間中盛んにニュースに登場した頃はヤジロベエの様でしたが、今は二本の橋脚の間の桁が繋がり、橋らしい姿になっています。橋脚に目盛りが刻んであるのでよく見ると、橋桁のやや下に「標高566m」の文字。「5径間連続PCエクストラドーズド橋」という形式だそうで、こちらのページをみると、一番長い橋脚は70m以上あることが分かります。予定通り長野原草津口に到着。早速パッキングを解こうと改札を出ると、FOCUSのロードバイクを輪行袋から取り出している男性の姿が。さいたま市からやって来たというこの方は、渋峠を越えて山田温泉・須坂まで走る予定とのこと。超貧脚な上に日帰りしなければならないので、私は峠で折り返すつもりであることを伝え、先に出発させてもらいます・・・
・・・だってさ。。。折角ご一緒させて頂いても、絶対従いていけないだろうなって、一目で分かる脹脛してるんだもん。。。(T T)
ロータリーから500mほど進むと、なんかGPSの方位がオカシイ。西に向かわなければならないのに、「東」向きの表示が出ています。ダム工事の付け替えの道が合流したりで駅前がゴチャゴチャしていて、地図を見ても混乱してしまい、反対方向に走ってしまいました。慌てて引き返すと先ほどの方が丁度出発するところで、ガーミンにルートデータを入れて来たので案内して下さるとのこと。ご厚意に甘え、かなり必死にペダルを漕ぎます。と、右折のハンドサイン。草津に向かう二本の道のうち、白砂川を遡って六合(くに)を経るルートを行くとのこと。事前に机上調査(ルートラボ)した所では、大津前口経由の道のほうが3キロほど距離が短い筈。平均的なサイクリストにとっては誤差といえる距離であっても、上り坂では5km/hを維持するのがやっとのぶた脚にとって、40分の行程が加わるかどうかは大きな違いです。デッドラインは10時間後と決まっているわけですから・・・で、やはり予定通り大津・谷口経由で草津に向かうことに決め、折角案内を買って出て戴いた男性に別れを告げたのですが・・・結果から申し述べると、この決断は大きな間違いでした。
考えるまでもなく、同じ標高の場所(今日の場合は草津)へ上る道が二本ある場合、より距離の長い道の途中に下る箇所が無ければ、距離の差は勾配の大小と引き換えになる筈です。距離の長短が必ずしもその行程を辿るのに要する時間や体力に比例するものではないことは、経験上ご存知の事と思います。道幅が狭くて交通量の少ない旧道の方が、自転車にとって走り易いことは往々にしてある訳ですが、同じ場所に至る二本の道---旧道と新道・或いはバイパスであることが多いですが---を比べた時、殆どの場合延長がやや長い方が旧道であることが多いですよね。山岳路の場合、橋・トンネルといった構造物を作って延長を短くする努力が払われる反面、増大する交通量に対応するため道幅が広げられるので、追い越し車両と排ガスの多さ・特に盛夏に緑陰を得られないことが非常な苦しみを生むことを、予想できて然るべきでした。
吾妻川の眼下に見ながら西へ進みます。GIANTのクロスバイクの左右にバッグを提げた若い人が、河床の方角から上って来られたので挨拶。3キロ弱の道程を10分ちょっとで漕いで、大津の交差点へ。角にあるセブンイレブンにはお揃いのジャージを身に着けたローディーさん達の姿が。遅沢川沿いに上る旧草津道路へ入ります。wikiによると、六合ルートの急勾配を避ける目的で建設されたバイパス的存在で、当初は有料だったとのこと。この表記を信じるなら、ぶた脚に好適のルートと言える筈ですが、さて。
勘木場・二軒屋・立石といった集落を抜けると、早くも全身汗だらけ。油を塗った様な腕を伝い落ちる汗で、インデックスレバーの握りが滑ります。川辺には丹精の跡が伺えるサルビアが、鮮やかに咲いています。あの、青い淵に飛び込むことが出来たら・・・駅からまだ6キロしか進んでいませんが、早くもミネラルウォーター一本が空に。「標高932m  そろそろ、カーエアコン止めても大丈夫。」という看板が路傍に立ててありますが、実の所あんまり涼しくないんですよねぇ~。。。29℃らしいのですが、雲一つない青空の下、陽射しとアスファルトの照り返しが強烈で、残りの行程を1cm単位で
消して行くことしか、今はできません。ケイデンスって、なんですか?草津町に入ると、いよいよキタヨー、大っ嫌いな真っ直ぐ系(T T)はるか先まで木陰など全く見えない、幅の広い片側二車線道路。登坂車線の左隅に張り付き、朦朧とペダルを回します。お盆休みの中日なので交通量は非常に多く、追い越し車両に神経を遣います。子供たち満載の黒いミニバンから「ガンバレ~」の声が飛んで来ました。THX!!!b(^ ^)さきほど大津手前で追い越させて頂いたクロスバイクの若者が、力強いペダリングで追い越して行きました。こちらはなんとか前に転がっている状態で、気を付けてはいても、前輪が右へ左へと勝手に振れてしまいます。先ほどチラと見えた牧場の柵が、全然近づいている様子が無い・・・もう、前見るの止めよう。汗がポタポタ、ポタポタ。一旦休憩。最後のミネラルウォーターを開けながら振り返ると、アスファルトには私が這い進んで来た痕跡が点々と・・・路上の垂らし男と成り果て、ゆっくり回るクランクと路側帯を示す白線だけを見つめて進むこと暫し、嬬恋方面への道が分かれる谷所の交差点に着きました。左に曲がると「つまごいパノラマライン」や「万座ハイウェー」です。どちらも気になる道ですが、万座ハイウェーは自転車は通行不可とのこと。最後の2キロほど、セブンイレブンのクーラーの効いた店内に恋焦がれていたので、買物を急ぐこと無くアイスケースの前を行ったり来たり。パピコは店の前で片づけ、買い込んだミネラルウォーター三本差しで漕ぎ再開。丘の上のホテルを過ぎると緩やかな勾配となり、周囲の景色も高原を感じさせるものに変わりました。「ロマンチック街道」なんて歯が浮きそうな名前ですが、真っ赤なサルビアが植えられた道の景色は悪くありません。道が消える先に青空が見えて、なんか峠っぽ・・・
あれっ?下っちゃうの!?
草津までは淡々と上るものと思っていたのですが、自転車が勢いよく転がって行きます。GPSロガーを標高モードにして睨んでいると、道の駅を挟んで70mほど下ってしまった様子。あ~ぁ(溜息)。11時前草津温泉交差点に到着。ここまで15キロを1時間40分で走り、総平均速度は8.9km/h。一応、予定より20分ほど早く着きましたが、山岳路としてはこれからが本番ですし、同じ道を帰るとしたなら、想定外の登り返しがあることも分かりましたので、全然安心はできません。日本を代表する名湯ですが、そういう事情なのでスルー。
ここまでの道とは打って変わり、草津から暫くは緑の天蓋に覆われた涼しい道。両側はカラマツ、ミズナラ等の混交林で、鮮烈な緑にブナやカンバの幹の白さが映えます。気温は26℃で、中之条辺りと比べると7~8℃低い筈。木々の向こうに砂利敷きの林道っぽい道が見え隠れしていますが、地図を見るとどうやらスキー場の管理道らしい・・・です。草津のスキー場は80年の歴史を持つそうです。一つ先のカーブに自転車の姿。両脇にバッグを提げた、フェンダー付のクラシックな姿態を持つ自転車で、持ち主の方もニッカーを履いてのんびり漕いでおられる様子。車輪が26吋よりは大きく見えるのでスポルティーフって型でしょうか?挨拶をして先に行かせて頂きます。モミの濃い葉が目立つようになってしばらく走ると、突然森が切れて丈の低い低木に覆われた丘の上に出ました。白いアジサイのような花は、帰ってから調べると「ノリウツギ」というそうで、一般社団法人自然公園財団のブログによると、この木の樹皮は和紙ののりとして珍重されていたのだとか。道の南側は一段低い湿地のようになっていて、草地の真ん中に武具脱の池(モノヌグノイケ)が空を映して静かに佇んでいます。草津観光協会のページによると、源頼朝に追われた木曽義仲の残党が、この池のほとりで武具を脱ぎ捨てたという伝説からその名が付けられたとのこと。温泉街からハイキングコースが設けられているようで、丁度国道へと出て来た女の子の一団に声を掛けると、元気な挨拶が返って来ました。道の行く手に素晴らしく姿の良い山が横たわっていますが、あれが白根山なのでしょうか?あまり高い木が生えない山の様で、草や低木に覆われたはるか上の山腹を仰ぐと、そこを横切る道の形がはっきりと見えます。
あそこまで登るのかい・・・?(溜息)
軽い眩暈を覚えながらシャッターを切っていると、先ほどのクラシックな自転車の方が追い越して行きました。よしっ、私も頑張ろう。大きな切妻屋根に天窓を開けた山小屋の様な建物が見えて来ました。白根火山ロープウェイの山麓駅のようです。周囲の風景と相俟って、絵葉書の様な美しさ。「輪行袋に入れたらロープウェイに自転車を載せてくれるかな?」とか、真剣に悩みます。標高は1,500mを越え、気温自体は草津に比べ一段と下がっていることが分かりますが、相変わらずの陽射しの中緑陰を得られないのはやはり辛く、特にヘルメットが汗で蒸れて頭がボォ~とします。すっかりグロッキーになり、路肩にへたり込んでいると、後ろから走って来た年配のローディーさんに声を掛けられました。お話しすると鎌倉から来られた由で、今日は浅間山の方の峠??の次にこちらを越える・・・らしい( ゚д゚)12年後、私もこんな元気な55歳でいられるだろうか?渋峠は何度か走った経験
がおありとのことですので、微かな期待と共に峠までの距離を訊ねた所、「ヤビツ二個分位!」とのお返事・・・おかげさまで目の前が真っ暗になりました。本当にありがとうございました。
エイジレスなオジさまをお見送りしてから、私も出発。どうせ歩くような速さでしか上れないので、ヘルメットは脱いじゃっていいよね?「この先500m区間  硫化水素発生地区により立ち止まらないで通過して下さい。  群馬県」という剣呑な標識が立つのは殺生河原。確かになんとなく硫黄臭いけれど、「止まるな!」はいくらなんでもおおげさじゃないの・・・?と、当日は思って漕いでいたのですが、帰宅後調べると白根山周辺では昭和46年と51年に、それぞれスキーヤーとハイカーが中毒死する事故があったとのこと(『草津白根山の火山ガスについて』草津町役場HPより)。活火山である白根山周辺はかつて、硫黄鉱山がいくつも存在し、石油の脱硫工程から硫黄が生産されるようになるまで盛んに操業していたそうです。そういえば先ほど地図を見直した時、丘の上のホテル東側の厳洞沢に「白根硫黄鉱山跡」と記されているのを見つけました。酷道険道林道マニアにはお馴染み、r112号大前須坂線・毛無峠の群馬側も硫黄鉱山だったような・・・こういった廃坑道から湧き出る水は厄介で、例外なく硫黄成分が溶け出した強酸性の性質を示し、故に白根山の沢を集めて流れる吾妻川はかつて、魚も棲めない「死の川」と呼ばれていたとのこと。現在は品木ダム上流の湯川において、石灰ミルクを投入する中和事業が国によって行われているらしい(『中和事業とは~湯川の場合』国土交通省関東地方整備局・品木ダム水質管理事務所のページ)。以上のようなことを事前に知っていれば、牧歌的に見える景色も少しは違った視線で眺めることが出来た筈。殺生河原とは、よくも名づけたり。「わ~い温泉の素だっ!(すくって帰りたいっ)」などとは、決して思わなかったことでしょう。。。(←勿論そんなことはしていません!・・・為念。)
「駐停車厳禁!」という看板が並ぶ区間を抜けると、再び道の両側には灌木が見られるようになりました。小判のような葉に白い花が咲くのはハクサンシャクナゲでしょうか?東側は雄大な景色が広がっていて、やや南よりの長野原から中之条にかけての山々の向こうに、薄らと聳えるのは榛名山かも。陽射しには参るけれど、数えるほどしか雲が無い好天の下、この景色を眺めつつ走ることが出来る幸せを噛みしめながら、ペダルを漕ぎます。ロープウェイが架かる谷へと回り込む場所で、再び休憩。見栄も外聞もなく路側に座り、カロリーメイトと塩タブを水で流し込みます。年配の方が強勾配に抗して、白いTREKを漕いでいきます。国道がロープウェイ下を潜る場所が交互通行になっているので、短い信号の間に谷の反対側へ駆け上がらなければなりません。5分ほど休んで脚が少し回復したようなので、サドルに這い上り規制箇所へ。家族満載のミニバンやツーリングと思しい大型バイクの一団が、道幅を一杯に使って長野方面から下って来ます。信号が青に変わりGo!400mに満たない区間を尻を振りながら全力で走ると、太腿が痙攣して勝手にツイストを踊り出し、尻をサドルに落として巡航しようとすると、やっぱり元の黄昏モードに・・・(^ ^;)ノリウツギらしい白い花が咲き乱れる草原の向こうに顔を出す小高い丘が、ゲレンデのある青葉山。カーブを曲がる度、緑のビロードで包んでしまったかのような草津白根山(本白根山;2,171m)と、荒々しい岩肌を剥き出しにする白根山(地蔵岳;2,160m)が交互に現れ、圧倒されます。入道沢対岸に東西に延びる、白く荒れた尾根の姿。草木を寄せ付けない稜線が、青空にくっきりと弧を描いています。視線を降ろせば、一面笹が覆い茂る緩やかな斜面の所々に、背の低いコメツガが色の濃い枝葉を広げているのが分かります。箱庭的な美しさと、テクニカラー映画に相応しいダイナミックな眺望が同居している峠道。
絶景を楽しんだ分疲労が軽くなるかというと、どうもそういうわけでもないらしくて、巡航速度は低下する一方。草津~弓池の区間は事前に6km/hで計算していますが、長野原草津口から25キロを後にした標高1,800m付近での巡航速度は、GPSのメーター読みで5km/hを越えることはめったにない状態。草津からこの辺りまで、勾配は6%程度で、特に勾配が強くなったり緩くなったりする箇所はありませんでしたが・・・たまらず降車。200mほど押し歩いて、やや路肩が広い場所で本日四回目の休憩。すぐ脇を行楽の車列が切れ間なく走り続けています。車窓から投げられる視線を感じながら、塩タブとビタミン剤を補給。或いは私だけの問題かもしれませんが、これを飲まないと後で口の粘膜がクレーターだらけになっちゃうんですよね・・・ぴったり5分で乗車。上州の山々を一望できる点もさることながら、空の青が濃く、深いことに、標高を高いことを感じます。カーブ外側に設けられた展望台が家族連れやカップルで賑々しい。さきほどまで彼方に聳え立っているという印象だった本白根山も見え方が穏やかになり、稜線沿いに疎らに生える針葉樹の一本一本を見ることが出来ます。バックパックを背負った人達を満載したバスが懸命に上って行く道は、山の斜面を切った
コンクリートの法面が姿を消して、緩やかに起伏する緑の丘の間を縫う一本の線になりました。真っ白・・・本当に真っ白な白根山・地蔵岳の頂が目の前にあります。道の両側は恐らくは膝丈に満たないだろう草木が満ちた野原。良く見ないと気付かない小さな花が沢山咲いています。何だここは夢か!?ヤナギランの群生が薄紫の花を風に揺らしています。大きな岩の根元でふわりと咲く白い花はゴマナでしょうか?ロープウェイは見えなくなってしまったので山頂駅がどこなのかは分かりませんが、脚に感じる勾配は弱くなっていて、そろそろ着いてもいい頃合いではないかと期待が高まります。と、反対車線に白いプリウスを停めた男性二人が、路肩の下を覗きこんで何やら叫んでいます。改めて良く見ると、路肩からやや下がった場所に鈍い銀色に光る大型のスクーターが転がっていて、その10mほど手前の路肩を示す境界柱が二本、なぎ倒されています。運転者が転落したのを心配して先ほどから呼んでいるが、姿が見えないとのこと。私が出来ることはなさそうですし、警察が既にこちらへ向かっているとのことなので、善意の捜索者たちに挨拶をして再び峠を目指します。
草津白根山ピーク(2,171m)北側にある逢ノ峰(2,110m)が近づいて来ました。ほぼ平坦になり、メーターの速度が上がり始めると同時にドライブインのような建物が見えます。13時半、弓池前の白根山レストハウスに到着。ここまで29キロを4時間15分で走り、総平均は6.8km/h・草津~弓池間14キロは2時間35分かかり、区間平均は5.4km/h・・・勿論望ましい数字じゃありませんが、ほぼ予想通り(^ ^;)
お盆休みとあってレストハウスは大変な盛況。駐車場は満車の様で、長野・群馬両方面とも、入庫待ちの渋滞が生じています。標高2,000mを越える場所なので、排ガスが滞留して結構臭います。ローディーさんのカップルがいたので会釈すると、さりげな~く視線を逸らされたりしてwww駐輪→トイレ→補給物資調達と済ませ、白根山を背にいよいよ記念撮影のお時間。「白根山  上信越高原国立公園  標高2,160m」の碑の前でポーズをとる家族連れをターゲットに接近開始。一組目。ぐずる男の子二人をお母さんと並ばせてデジカメを構える40代半ばのパパに「よろしければお撮りしましょうか~?」
希望の構図を訊いて写真を撮ると、「ありがとうございました~」。・・・逃げられちゃった。。。
二組目。スマホで互いを撮り合う山ガールズ。「よろしければお撮りしましょうか~?」
「ありがとうございました~」。・・・スマホ世代に「気づき」を期待するのはちょっと無理があったか?
三組目。頭からつま先までGAPでキメたお孫さん連れのおじいちゃん。「よろしければお撮りしましょうか~?」
・・・「年の功」が当てはまるものでもないらしい・・・と、アイスを齧りながら成り行きを見ていたらしい革ジャン姿のオトーサンが「おい、撮ってやろうか?」と・・・m(_ _)m
甲府を朝一番で出て、佐久→鬼押出→万座と走って来られた由。種類を伺うとスティード?とか仰ってました。「何度か来てるけど、チャリで上ってるの見たのはアンタが始めてだよ」メッカなので自転車で上る人は大勢いると思いますよ・・・現にここまで5~6人に追い越されましたし。めっちゃ遅いんですよ、僕。
「それにしたって、なかなかできることじゃないよ」
ジ~ン。折角褒めて戴いたので、押し歩きというズルをしたことは内緒にしておきます(^ ^;)
写真を固辞するオトーサンと、互いの道中の安全を祈って別れたあとは、山田峠に向けて一旦下ります。野球場3個分位の広さの湿原の真ん中よりやや東側に、火口湖である弓池が薄緑色の湖水を湛えています。400m程で猛烈に下り始めました。正面に聳える万座山の向こうは信州。「帰りにここ上るのかぁ~(泣)」と気落ちしつつ標高も落ちて、万座道路の分岐点では50mチョイ下ったらしい。なんだ、今度はまた上りか・・・(T T)白根山と横手山の稜線上を走るので、仕方がないのですが。吾妻村から稜線東側の草津町へと、一旦境界を越えて戻る場所から見下ろす万座温泉側の風景も凄い。稜線の西側とは対照的に、みっちりと混交林が埋める谷間を、万座道路が非常に短い間隔で九十九折れを繰り返しながら、這い上がってゆくさまに一驚します。いよいよ山田峠。
西も東もスゴイィィです!!!!
西側は2,120mのピークを挟んで目まぐるしく景色が変化します。白い露頭を見せる荒々しい崖が現れたかと思うと、『嵐が丘』のヒースを思わせる、緩やかにうねる丘がそれに続きます。黒一歩手前の蒼さを感じさせる空の下に連なるのは信州の山々。ひときわ高い峰は笠ヶ岳(2,076m)でしょうか?若草色の絨毯を敷き詰めたような白根沢。すり鉢状の谷を埋める草木の原の所々に、誰かがおもちゃをつまんで置いた様に、針葉樹の小さな
群落が散在しています。東に視線を移すと、ツガやモミの葉が黒く埋める谷の向こうに白根山。盛り塩を崩したような、或いはアイスクリームが溶けたようなその姿は、度重なる噴火によって流れ出した泥流によって形つくられたものらしい。独立行政法人産業技術総合研究所が運用する『活火山データベース』によると、記録に残る最も古い噴火は1805年(文化2年)の湯釜での水蒸気爆発とのことですが、この時の噴火は小規模で、火山灰が長野側の草木を枯らした程度だったとのこと。現在の特異な景観は、主に1882年(明治15年)から1942年(昭和17年)までの61年間に連続して起こった、大小10回の噴火により形作られたようです。明治15年の噴火では釜西方で多くの爆発火口を生じ,大小の岩塊・火山 灰及び泥を放出、(中略)以後湯釜・水釜・涸釜は酸性泉・・・となり、さらに規模が大きかった明治30年と昭和7年の噴火の際には、それぞれ負傷者2名・死者2名と負傷者7名という被害をもたらしてしまいます。直近の噴火は1982年(昭和57年)で、10月26日には殺生河原付近までの降灰、或いは人頭大の大小の岩塊を水釜火口原方向に弾道放出し、12月29日に発生した水蒸気爆発では噴煙は最大700mまで上昇し,北東約4kmまで降灰し,東及び西方向に最大径40cmの大小の岩塊を放出したというから恐ろしい。それでも火山につきものの禍々しい印象が感じられないのは、白根山から最後に溶岩が噴出したのはおよそ10,000年前で、以降はいくつかの爆発火口(湯釜・水釜・涸釜・弓池)周辺での水蒸気爆発に限られ、溶岩流や雲仙普賢岳でその脅威を茶の間に印象付けた火砕流の発生が確認されていない事にもよるのでしょう・・・か?溶岩の黒くゴツゴツしたそれよりも、白い泥の滑らかな山肌の方が優美に映ることは確かです(斜線部は前記の『活火山データベース』からの引用)。キャノンデールに乗った若い人が路肩にバイクを停め、白根山の方にカメラを向けていました。
稜線上を行く道は再び強烈な上り。スキーリフトの支柱らしいものが頂上に立つピークが長野側に見えます。30~40m下の山腹に、歯列矯正具の様なロックシェッドが横切っているあそこが県境のようです。もう一度下ってから、上るのね(T T)長野原から渋峠まではひたすら上るだけ・・・と漠然と思っていたのでこの展開は想定外。国道最高点まで1.8キロ・そこからやや下った後、ロックシェッドの所で上る渋峠までの行程が地図上で約1キロ。草津からの区間平均を基に計算すると往復1.5hは見ておきたいので、時間的にはギリギリ。山田峠~弓池の上り返しもヘタった豚脚では5km/hがやっとでしょうし、草津~長野原間の上り返しの件もあります。のしかかる不安にトドメを刺すような九十九折れが現れました。途切れなく続く行楽の車列も、ここは苦しそうに上って行きます。一巻き目を這い上がるとそこは展望台になっていて、白根山を眺める人と車で一杯です。南側の白根山(地蔵岳;2,160m)の頂上から北東に向かって、なだらかに下ってゆく尾根を一望します。一番遠くの尾根と岩が点在する白い山肌、その下が緑鮮やかな草地と灌木で、さらに手前が黒い針葉樹の森という、見事なグラデーションを成している景色。エンジンブレーキに伴うギヤ音を轟かせ下る観光バスの一団を見送ってから、チャリ漕ぎを再開。行く手を見上げると心が折れそうなので、視線は自然と路側をさまよいますが、名前も分からない白やピンクの小さな花が、尾根を吹き渡る風に抗って、精一杯咲いている様子に心を打たれます。ぶたも必死。白根山とは様子が異なる、赤茶けた頂を見せる山が行く手に聳えていますが、これが横手山(2,305m)でしょうか?緑のビロードでくるんだ様な丘を回ると、ウェブで何度も見た光景が目の前に広がりました。

  標高2,172m・・・日本の国道最高点。

感動が、言葉になりません。。。

ビロードの底で光を放つのは芳ヶ平湿原。若草色の絨毯の上に、オモチャみたいな木と空を映す池溏が散らばっています。柔らかな稜線を描く白根山の向こう、草津の町並みが広がるはるか彼方に薄く姿を見せるのは榛名山。左手奥に見えるのは、方角からは赤城山に思えるのですが・・・?勿論テレビで見たことがあるだけですが、乱暴な比喩であることを承知で言わせて頂くと、例のツールマレー峠?トゥルマレ峠?ココってまんま、あの雰囲気では・・・?
読者の皆さんと異なり、非常に限られた経験から述べさせて戴くならば、私が実際に足を運んだ中でここまで眺望の優れる峠を他に知りません。
池ノ塔山(2,217m)のやや東側に位置する展望台にはツーリング中と思しいバイカーで一杯。アメリカンタイプのバイクに跨る人が順番に、「日本国道最高地点  国道292号  志賀草津高原ルート  標高2,172m」と記された碑の前で記念撮影をしています。「チャリってスゲー」と宣ふ黒革ずくめのお兄さんにルートの説明をしている最中に、長野方面から三人のロードバイクのグループがやって来ました。バッグを沢山付けたダホンの男性がそれに
続きます。ほら、自転車を趣味にしている人にとってはメジャーなコースなんですよ。あの人達に比べたら、私なんか押し歩きしまくりですし、何より麓から5時間も掛かっててハナシにも何もならんと思いますよ・・・(^ ^;)「いい歳してヒマな奴ゃな~」という揶揄を多少は含んでいるものと自覚しますが、声を掛けて戴くのはやはり嬉しいものです。時刻は既に14時半・長野原草津口駅からここまで34.2キロを5時間6分で走り、総平均は6.7km/h・弓池~R292最高点間5.2キロは54分かかり、区間平均は5.8km/h・・・
賑やかなバイクの人達が行ってしまった後も展望台へ入ろうとする車は引きも切らず、入場待ちで軽い渋滞が起こるほど。中年のカップルの後、自転車を碑の前に引き出してパチリ。奥さんと息子さんらしい二人を碑の前に立たせてカメラを構える男性に例の調子で声を掛け、念の為高価そうなカメラの操作法を伺ってシャッターを切ります。お返しにと、私の写真も撮って頂きましたm(_ _)m白根山を背景に自転車と一緒にフレームに収めて戴き、本当に良い旅の思い出が出来ました。生憎と主役のほうは、春先にダイエットに失敗したことが祟って一層腹肉がせり出し、まるでビリケンさんみたいな有様ですが・・・(^ ^;)せめてジャージとか、もうちょっとお金掛けようかな・・・
写真を撮って戴いたご家族は立山黒部アルペンルートを辿り、山田温泉から越谷に帰る旅行の最終日に渋峠に立ち寄られたとのこと。羨ましい~。あと1キロ漕げば「長野県←渋峠→群馬県」という有名な看板がある訳ですが、帰りの電車に間に合うか不安ですし、景色はここの方が良いらしいので、「国道最高地点」に上ったゾ!・・・ということで引き返します。やや西に傾いた陽を浴びて、一層雄大さを増した白根山に驚嘆して山田峠まで下ります。さらに二人のローディーさんとすれ違い、尾根上を左右する上り返しへ。美しい湿原に別れを告げ、万座道路の交差点を挟んだ3キロほどのアップダウンを四苦八苦して漕ぐと、15時前に弓池に着いてしまいました。いまさらながら、県境まで漕げばよかった・・・と後悔しますがあとの祭り(T T)自分を偽り、おかしな妥協をしてほぞを噛む・・・私の人生すべてに通じる必敗の法則が、こんな所でも顔を出したというわけ。
白根レストハウスから1キロほど下ると、パトカーを停めたお巡りさんが草津方面へ下る車を誘導しています。その先に先ほどの大型スクーターの姿。往路でも気になっていたので尋ねた所、転倒して怪我したものの運転者は下山し、かわりにバイクを回収しているとのこと。「スピードが速くなり易いので、慎重に」と注意して頂きました。その言葉通り、草津まではブレーキレバーを握りっぱなし。右へカーブするガードレールの先に一瞬、のたうち回るような線形が見え、心が昂ぶります。汗で滑る掌を意識して減速。ハクサンシャクナゲの群落の所で脇に寄って後続車をやり過ごした後は、一気に草津まで降ります。天狗山レストハウスの先から草津の交差点まで続く渋滞の左を注意して走り、15時半過ぎに草津の街中へと入りました。往きに3時間20分掛かった道を1時間で駆け下りて来てしまったという訳。区間平均は20km/h・・・いつもながら所要時間の計算は難しい・・・。県境へ行けなかったので、せめて岡本太郎作の湯畑を見ようと街中へ入りますが、手持ちの地図がてんでダメで・・・国道の両側には立派な旅館と商店が並びますが、忙しく立ち働いている方に道は尋ねづらく、案内板を探しながら走るうち、再び森へ吸い込まれてしまいました。この先は朝方のFOCUSのかたに教えて戴いた、中之条の六合へ向かう道。19:20発の電車に乗れば終電までに中山へと帰ることが出来る筈なので、パッキングに要する時間も考慮して3時間半で長野原草津口へ戻れば良いことになります。少し冒険することになりますが、同じ道(旧草津道路)を帰るのもつまらないので、湯川に沿って延びる道を六合に向け走ります。
品木ダムの入口まで3キロほどは緩やかに下る二車線の道。前述の中和事業のせいなのか、木々の間から抹茶にミルクを混ぜた様な色の品木ダムが一瞬見えると、センターラインが消えた道は白砂川との出合に向け、九十九折れながら一気に下ります。道の駅六合までの4キロほどが一番勾配が強くて平均7%強ですが、木陰を往く1~1.5車線の道は車の往来が非常に少なく、自転車で走るな間違いなく、草津道路よりこちらがおススメです。道の駅は気になりますが、先の状況が読めないので今回はスルー。「六合」と書いて「くに」と読む由来について、例によってwikiを引くと古事記上巻序文に「乾符を握って六合を総べ」、日本書紀の神武天皇即位のくだりに「六合を兼ねて以って都を開き」とあり、「六合」とは天地と東西南北、すなわち支配の及ぶ範囲「国」を表すことから、「六合」を「くに」と読んでいる・・・とあります。「日本ロマンティック街道」は六合から東はR292を
離れ、日本百名峠の暮坂峠を越える中之条草津線を辿ります。若山牧水の詩が有名ですが、勿論こちらもスルー(^ ^;)谷合の集落を抜けると右の道脇に杉の巨木がありました。中之条町の重要文化財である妙全杉は樹齢850年との由。六合の伝承によれば、天養元年(1144年)この地に曹洞宗龍沢寺を開いた妙全尼が、お勤めの帰り、境内の石段下に挿した杖が根付いてこの大木になったと伝えられるそうです。アクティのドンガラを使った謎のオブジェが在ったり、時間をとって走りまわると色々面白そうな場所ですが、今日は急げ!・・・急げ!!
長野原町に入ってもアップダウンは少なく、結局16時半前には駅に着いてしまいました。草津~長野原草津口駅間18キロは50分で走り、区間平均は21.6km/h・国道最高点から弓池への上り返しを含む37キロでも20km/hを超える速度で降りてきた計算になります・・・うぉー!マジで県境まで漕げばよかった!!!・・・orz
10分ほどで自転車を輪行袋に仕舞い、アナログ人間なので窓口備え付けの時刻表をめくって乗り継ぎを調べます。17:30の電車に乗れば19:17高崎発の湘南新宿ライン一本で横浜まで帰ることが出来ると分かりました。
ホームのベンチでの心地良い居眠りから醒め、いつものように先頭車の運転席背面に自転車を置いて、夕暮れの谷間を走る列車に揺られます。吾妻川の渓谷が薄紅に染まり、夢のような美しさ。ダムが完成して湛水が終われば、川原湯温泉駅は水面下60m に沈むとのこと。住み慣れた地を去らなければならない人の胸中は如何ばかりか。谷間の木々が残照をいっぱいに浴びて、生命溢れる若葉を鉄路の風に揺らす夏も、あと数えるほどしか残ってはいない筈。私にできるのは、今日ここで見た景色を忘れないようにすることだけ・・・と書けば、感傷が過ぎるでしょうか?細長い脚の橋や、天の上と感じられるほど、山の高い場所で進められている工事を眺めているうち、高崎に着きました。20分もあるのでのんびりと乗り換え。湘南新宿ラインは後尾の車掌室背面に自転車の置き場所を確保。最初の二駅ほどは座っていたのですが、通勤通学のお客さんで車内が混んで来ると心苦しく、自転車に被さる様に立ったまま関東平野を縦断し、横浜駅に戻りました。途中、本庄のあたりからは数年に一度という雷雨。越谷だったか、電車を連結するため長めの停車をしていた時すぐ近くに雷が落ちて、一瞬周囲が真っ暗になり焦りました(^ ^;)お盆休み中とはいえ、21時台の横浜線は立つ人の肩同士が触れる程度の混み具合。相変わらずドシャ振りの中漕いで帰ることもできず、竦むような思いで最後尾の車両へ。案の定菊名から中山までは針のムシロに座る思いで・・・m(_ _)m
疲労困憊して南口に降り、バス停横の歩道上でパッキングを解いていた所、仲間のタクシーと一台分の幅しかない駐車場のゲートですれ違うために、強引に歩道に乗り上げて来たタクシーに輪行袋を踏まれそうになりました。よせばいいのに運転手に抗議した挙句、口論へ発展。当の運転手よりやや年配の、同じ会社の運転手さんが代わりに謝って下さったので矛を収めましたが、それにしても。。。自転車を組み上げ、最後の数百メートルを漕ぎ出そうとした時、スーツ姿の男性に声を掛けられました。ビアンキにお乗りになっている由。先ほどの興奮が抜けておらず、なんだか要領を得ない気の抜けたお返事をしてしまいましたm(_ _)m同好の者と見て戴き、折角お声を掛けて戴いたのに、何か憮然とした受け答えに終始してしまったのではないかと後悔しております。本当に申し訳ありませんでしたm(_ _)m
最後まで楽しい出会いに恵まれ、最後は劇的に崩れたけれど、自転車に乗っている間は申し分ない天候の下ペダルを漕ぐことが出来て、生涯忘れることが出来ない一日を過ごさせて頂きました。
素晴らしい峠で過ごしたカンペキな一日。それにひきかえ、私という人間には足りないことが多すぎるスなぁ・・・

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