2013年9月16日月曜日

富士山一周と富士五湖めぐり


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やはりこの時の失敗をズルズルと引き摺っている。。。
100m進むのが死ぬほど辛いと感じた炎暑の富士宮・・・あれは本当に「限界」だったのか?
朝霧高原へと続く上り坂を前に、大したことにない頭痛を言い訳にして逃げ出しただけなのかも?
まるで皮膚の下に潜ってなかなか抜けないトゲのよう。思い出す度チクチクと痛みます。
一度手を付けた以上やり遂げたい!という気持ちと、今度こそ誰かに迷惑かけてしまう結果に終わるのでは?という恐怖の間で逡巡する間に春のロングライド・シーズンを逃し、梅雨に突入。今年は幸い去年ほど湿度が高い日が多くなかったせいか、駅の階段仰いで嘆息しきり・・・ということも無く、関節がそろそろ梅雨明けが近いことを教えてくれるようになると、結局は地図と首っ引きでルートを探すこととなってしまうのでした。(^ ^;)
で、梅雨明けを待ちきれず出掛けたライドはこの体たらく。雨晴れて笠を忘るのことば通り、経験から何も学べないのがバカたる所以(^ ^;)7月になると気も狂わんばかりとなり、れーぱんの破をつゞり、シューズの緒付かえて、陰にぼらざぢぃ突き立てるよりBBを締め直して、三度目の正直とばかり真夜中の街道へ漕ぎ出したのでした。

【自宅~御殿場 75km 0:30~5:00】

沼津で墓参りするため、箱根越えの後富士山一周にとりかかる前回の計画は、私の実力を顧みると流石にムチャだったと反省。よって今回はまず御殿場に向かい、愛鷹連山の北を東西に走る富士南麓道路を使って富士宮へ抜けるルートで富士山一周に挑戦します。鶴間駅前からR246を横切り厚木街道へ。さがみ野の駅前はシフト交代の時間なのか、真夜中にもかかわらず基地の軍人・軍属が多く行き交っています。海老名の小田急の跨橋北詰が工事中で、湯気を立てているアスファルトの上をヒヤヒヤしながら走り抜けます。水引から船子の洞門までは田圃の中の道。車の往来が絶えて辺りが静まると、後方からの軽い異音が耳に届くようになりました。トルクを掛けると音が大きくなる点は同じですが、前回悩まされた「カチッ」という金属音が下から聞こえて来たのと異なり、今後ろから聞こえる音は「バチィィ」という、樹脂が擦れるみたいな音。まさかフレームにひびが入ったのでは・・・と青くなり、慌てて点検すると、後輪がガタついています。どうやらクイックの締めが甘かっただけの様子で、ホッと一安心。安物とはいえ、カーボンのロードバイクはやはり繊細に作られているものと見え、鉄ゲタのぶたバスや極太アルミ鋼管製の緋襷号とはいろいろ勝手が異なります。クイックを締め直すと明らかに軽く走ることが出来るようになり、伊勢原の交差点はいつもより5分程速く通過できた模様。善波を上り始めてしばらくすると、フェンダー付のクロスバイクに乗った方に追いつきました。右のバーエンドにミラーを下げた赤いメリダ。キャリアにラゲッジを固定し、ラジオを流しながらのんびり漕いでおられる様子。挨拶して先に行かせて頂くと、すぐに差し返されてしまいました。物凄い勢いで遠ざかって行きます。追いすがろうにも、無理。無理!ツーリング中と思しい重装備なので、私の自転車より軽いということは無いと思うのですが、鍛えている人は機材の重さなんかあまり関係ないということなのでしょうね(T T)安易な衝動買いに走ったばかりの身に厳しい現実を突き付けられ、悄然とトンネルまで這い上がります。
微妙に辛い渋沢丘陵の緩やかな起伏を越えて三時前に松田の街へ。籠場の橋を歩くのは夥しい数の袋を提げた年配の婦人。丑四つの眠りに就く街を走ると、こんな現実を目にすることもあります。山北からはいつもの旧道へ。暗闇の中ナトリウム灯に浮かぶアスファルトだけを見つめて黙々とペダルを漕ぎ、清水橋からバイパスに戻って県境へ。谷峨のドライブインで仮眠をとっていた長距離トラックが、軽いホーン音を残してトンネルに吸い込まれていきます。南の空に鮎沢PAの灯りを見ながら静岡に入り、バイパスを降りて駿河小山へ。結局明神峠へ向かった前回同様、セブンイレブンで一休み。自宅から64キロを3時間半弱で走って、区間平均は18.5km/h。平均的なサイクリストなら失笑を買う数字でしょうが、前回に比べ20分以上短縮することができて、汗かきブタさん思わずニンマリ(^ ^)b気分を良くして朝からスーパーカップを貪ります。
曙光がさす街路を後に足柄街道へ。御殿場線に沿って緩やかな起伏を繰り返す道から東に目を向けると、矢倉岳や金時の特徴ある稜線が明けの
開始日時終了日時
2013-07-02 00:31:172013-07-02 19:38:49
経過時間移動時間
19:07:3215:16:18
水平移動距離(km)沿面移動距離(km)
261.22262.93
総平均速度(km/h)移動平均速度(km/h)
13.7517.22
最高速度(km/h)最高標高(m)
56.561093
上り平均勾配(%)獲得標高(上り:m)
3.711080
昇降量合計(m)累積標高(上り:m)
89864487
空に浮かんでいます。外輪山のすぐ上まで雲が迫り、所々霞んでいるので、富士の姿も期待薄・・・かも。足柄峠へ上る金太郎ふじみラインの分岐を過ぎて足柄駅。駅付近には、『太平記』に記される竹之下の合戦(南北朝時代、建武の新政をめぐり足利尊氏と新田義貞の間で行われた戦い)の古戦場があります。万葉集の時代には畿内と東国を結ぶ主要な交通路(東海道の本道)だったとされる足柄道。足柄峠の直下に位置するこの場所は、古来より越えの拠点として宿が置かれ、戦の帰趨を決する要衝と考えられていたのでしょう。矢倉沢往還は江戸時代に入ってからの呼び名で、特に大山詣でが盛んになった中期以降は「大山道」とも呼ばれて宿場の整備が進み、東海道の脇往還として利用されるようになったとのこと。足柄駅前から市境にかけては8%強の上り坂。ジグザグしながらなんとか這い上がりましたが、小山高校の生徒さん達は毎日ここまでママチャリで上って来てしまうのですから・・・( ゚д゚)いかにも街道らしい、蒼然とした杉並木を走って御殿場の市街へ。そろそろ富士南麓道路へ入ることを意識し、辻毎に地図を広げたりしながら御殿場駅北口(富士山口)に到着。ロータリー脇の「ポッポ広場」に鎮座する蒸気機関車を見つけてシャッター切りまくり(^ ^;)この機関車(D5272号)は、山北駅南口に展示されているD5270号の僚機として、昭和43年の御殿場線の電化まで国府津機関区に配属されていたとのこと。市内の公園よりこちらへ移されてからあまり時間が経っていないせいか、二か月前に見たD5270号よりも素人目には状態が良いように映ります。自転車漕ぐのではなく、こういうので心拍数が上がってしまうって・・・今まであまり興味を感じなかった、アッチの世界が手招きしてる???
御殿場駅からがいよいよ本番!ここまで75キロを4.5Hで走り、総平均速度は16.6km/h・・・

【御殿場~富士宮市山宮・篠坂交差点 34km 5:15~7:50】
富士宮口五合目に上った際に曲がった若宮交差点より一つ西側の信号を右折し、川島田交差点でR246を渡るとR469・通称富士南麓道路へ入ります。先ほど通った竹之下(駿東郡小山町竹之下)が、古くから足柄峠越えの宿場として機能していたことは既に触れた通りですが、竹之下からは現在のR246に沿って沼津に南下する矢倉沢往還の本道の他に、富士山と愛鷹山の間を抜けて富士宮に向かう道も脇往還として古くから使われていたようです。富士山を常に横に観ながら通るため横走道(よこはしりみち)、或いは途中に位置する集落にちなんで「十里木街道」とも呼ばれる道ですが、古くは源頼朝の富士の巻狩や曽我兄弟の仇討ちの言い伝えが残り、徳川家康に豊臣家を討つきっかけを与えた鐘銘事件の舞台となった方広寺に、大仏殿造営の材料を運ぶ際にも使われた・・・とのこと。富士宮まではほぼ同じ道程を辿ることになる筈です。
なるほど鬱蒼とした鎮守の森や立派な土蔵を持った商家が散在し、なかなか良い雰囲気の道。と、自衛隊のものと思しい高機動車とトラックが左側から合流すべく一時停止しています。歩哨が立っているので駐屯地らしい。ゲート脇の詰所の所でどうやら私が通り過ぎるのを待ってくれている様子ですが、基地の入口は40mほどもあって、ダッシュしようにも脚が言うことを聞いてくれそうもない・・・(^ ^;)ので手前で止まり、先に行って貰います。歩哨の方が会釈してくれたので挨拶して通過。再び右側に金時山が良く見える丘は柵囲いがあるので牧場でしょうか?牧草の匂いをかぎながら御殿場市とサヨナラし裾野市へと入りました。牧場の畜舎が並ぶ場所を過ぎ、市境の境沢川を渡ると道の両側は見渡す限り草の海。牧草地の中に所々、見慣れないコンクリートの施設が点在しているのが見えますが、先ほどの駐屯地と何か関係があるものなのでしょうか?道の左に目を向けると、箱根外輪山の山並みを朝方よりくっきりと、見渡すことができます。丁度靄が切れて、長尾峠の向こうから駒ヶ岳の神山山頂が姿を見せてくれました。もっと天気がよければ、道の右側に富士山が聳えている筈ですが、行く手のやや北側に愛鷹連山の越前岳が青くその姿を見せる程度。ですが、標高550mほどに位置するこの付近は涼しい風が吹き渡り、非常に気持ちがいいです。先ほどブタ脚を苦しめていた強い勾配も影をひそめ、高原を真っ直ぐに走る道を、歌い出したくなる衝動を抑えてペダルを漕ぎます。ざ・ひ~るず あ~らい~ぶ♪
富士南麓道路は富士山の東の肩を越えたらしく、やがて緩やかに下り始めました。「富士山こどもの国→」「サファリパーク→」という看板が立つこの交差点を直進。ともかく県道24号線に突き当たるまで進むという計画が頭から離れなかったためですが、ここを右に折れた方が、高低差はともかく距離的に若干楽らしい。集落に入るとすぐにT字路。裾野駅からここ須山地区に上ってくる道が県道24号線で、富士南麓道路の続きは東へ登って行く道らしい。。。
十里木方向の青看板に従い右折すると、眩暈がするような急坂が現れます。「立ち塞がっている」と表現する方がふさわしいような・・・(T T)200mほどで集落を抜け、道が杉林に吸い込まれると、鬱蒼とした森の底を縫う山岳路。短く九十九折れた後は、いよいよキタヨー、大っ嫌いなまっすぐ系。車が途絶える瞬間を見計らい、センターライン付近まで使ってジグザグと上ります。口の中に金属っぽい味を感じながら七転八倒。大枚はたいて投資したビンディングペダル+シューズ・ここで使わずどこで使うのか、と。。。あっ、やっぱ無理。
二回の足つき&休憩の後、吐き戻しそうになりながら3キロ弱続く坂を這い上がると、思いがけず信号渋滞でストップ。右の道からかなりの台数が流れ込んで来ますが、先ほどの須山手前の交差点から今居るここまでショートカットできる道があったのですね。先ほどの看板は富士山こどもの国やサファリパークの入口という意味ではなくて、文字通り「近道」という意味だったらしく、1キロほど短いようです。結局須山からの3キロほどがこの日一番勾配がキツかった箇所(平均8%弱)で、忠ちゃん牧場手前からは緩やかな上りに転じ、富士市と裾野市の境に当たるピークまで続きます。途中にワタクシ的夢林道のひとつ・愛鷹山線の入口がありましたが、ダートなので緋襷号であの坂上ってから探索することを考えると、萎えますね。。。三年前の秋ハートマークがついたモーモーに逢った忠ちゃん牧場を過ぎ、こちらは入ったことないけど一度は見てみたいサファリパークを過ぎると、行く手に巨大なアンテナが。「アンテナが見える=終わりが近い」という峠上りのジンクスはここにも当てはまり、十里木関所跡からやや進むと下り始めました。愛鷹山・越前岳と富士山との鞍部に位置する十里木は、ゴルフ場とテーマパーク・別荘地が散在する標高900m弱の高原で、元々は江戸時代前期に現在の御殿場市印野付近から移り住んだ人々によって開かれた村があったらしい。「十里木」とは、富士宮へ五里・竹之下へ五里はなれていることから名付けられたとのこと。七時ちょうどに富士市へ。私が沼津にいた頃はまだ無かった「富士山こどもの国」。公式HP拝見したらなかなか楽しそうな公園ですね。ズーラシアにアルパカは居ないからなぁ。通勤時間帯ではありますが思った以上に車の往来が激しく、富士山こどもの国のゲート前は裾野方面へ向かう車で渋滞しています。幸い富士宮方面へ向かう車は未だ多くは無く、こちらの車線は空いていて安心・・・と思っていたら、正面から赤いエクストレイルが突進してきます!!!路側へ逃げた私の鼻先を掠め、猛スピードで走り去りました。都合30台ほどをゴボウ抜きし、ようやく動き始めた渋滞の列に猛々しいスキール音と共に突っ込みます。あわや正面衝突という大型トラックと、急ブレーキでオカマ掘るのを回避した白いプリウスの抗議のクラクションを無視し、トラックの荷台の後ろを掠めるようにまた反対車線へ。すれ違う瞬間垣間見た車内には中東系の顔が並び、驚いたことに後席には小学生位の子供の姿が・・・あまりにも非現実的な光景で、しばらくは映画かドラマの撮影じゃないかと疑ったほど。お待ちかねの長~い下り坂。少しでも多くの時間を稼ぐためにスピードは落としたくない所ですが、以外に分岐が多く戸惑う場面もあります。例えばこんな場所ですが、青看板の「富士」方面を選ぶと県道を南に下ってしまうので、「富士宮」或いは「白糸の滝」方面の標識に従って進みます。見事なヒノキと杉の森を8キロ弱快走して富士宮へ。ここまで立派な二車線路だったのに、市境の50mだけが何故かすれ違いできない隘路。交互通行で待たされたあと再び下ると富士宮市街を見渡す絶景が目に飛び込んで来ました。シャッター音ももどかしくデジカメをしまい、出発。いつも12~3km/hで走っているド貧脚が一日で260キロ+走ろうというのですから、ともかく時間が無いんですよ・・・急げ!急げ!「ともかくR139に突き当たるまで下るっ!」と思い込み、地図を確認することなく下り始めたものでから、曲がるべき交差点も華麗にスルー。後々この行動が、ブタ脚にたっぷりとツケを回して寄越すことになります。。。
ろくずっぽ標識も確認しないままバンバン下り、突き当たったのは国道とは思えない道。旧道なのか?と思ったのですが、北へ200mも走らずに再びT字路。道脇に立つ看板によると、ここは「山宮工業団地」の中らしい。持参の地図と照らし合わせた結果、工業団地を北に抜けて突き当たる県道を左折、1.5キロほど進めば白糸の滝へのルートに復帰できることが分かりました・・・ところがこの県道・「180号線」というヘキサには見覚えがあったのですが、それもそのはず、これって富士宮口五合目に行く「富士山スカイライン」では!?
案の定短いけれど激坂。未だ8時前ですが、雲の隙間から射す光で急激に上がり始めた気温に一際深い疲労を覚えて篠坂交差点に到着。白糸の滝へは9キロ足らずですが、同時に山梨県境を目指す長い上り坂の始まりでもあります。とりあえず、カロリーメイト補給。
御殿場・富士宮間は2時間半かかり、区間平均は13.1km/h・・・でした。

【篠坂交差点~本栖湖 29km 7:50~11:20】
県道72号線で白糸の滝を目指します。ここも通勤の車が多く、みな結構飛ばしています。が、両側は高いヒノキが影を作り、先ほどの道とは打って変わってひんやりと涼しいのがとても有難いです。高低差というほどのものはなく、GPSのメーター読みで概ね20km/h弱のペースを保って走ります。朝霧高原までは、R139ではなく県道を使うつもりなので、それぞれを確認しながら上井出交差点を突っ切り滝の入口に到着。まだシャッターを下ろしたままの土産屋の間を縫って見学路を下り、展望台へ。
白糸の滝。
・・・
指差し確認OK!
入口交差点まで戻り、唯一開いてるファミマで朝食。朝からチキンなんたらは流石に脂がキツかった。10分ほどで胃に詰め込んで漕ぎを再開。いよいよ本日一番の難所・朝霧高原へと上る区間です。上井出交差点まで戻り、富士宮鳴沢線と清水富士宮線の重複区間を北へ。車のディーラーではなく大型のトラクター展示場があるところが土地柄を表しています。物凄く高価らしいですが、映画なんかで見慣れた形を思い出して比べると、プロ用の車両にもデザインの遊びというか、流行ってあるのですね・・・とか、気を紛らわせないとそろそろ辛い(^ ^;)
今日は「富士山一周」をしている筈なのに、ここに至っても相変わらず三合目あたりから上は雲に覆われたまま。もっとも、もし山頂を見渡せるほど晴れ上がっていたら、今日の行程の中ではまだ序盤に位置するこの地点まででも、ケタ違いに体力を消耗していた筈です。去年のライドの敗因は、一にも二にも強い日差しに晒され続けたことにあったのですから、むしろこの天候には感謝すべきなのでしょう。
とか思っていたら雲の隙間から日差しが。。。
・・・
・・・
アぢィィ~(T T)やっぱ暑ィィよぉ~(- -;)
腕や首に早くも浮いた汗が太陽に炙られ、皮膚を焦がす揚げ油の様に感じられます。こころなしか香ばしい匂いさえ嗅ぎとれる気がするほど、ともかく暑いっっ!
3%程の緩勾配なのですが、牧場脇を坦々と上る道はとお~くまで見える真っ直ぐ系。視線はアスファルトの逃げ水を追い、朦朧とさまよっている有様ですが、黙って酢豚にされる訳にはいかないので、声にならない泣き声を洩らしながら、ペダルを踏み続けます。
唾がやたらと出て止まらないのは、去年も経験した症状。ファミマで買ったミネラルウォーターは、早くもボトルの底に残る程度。頼みのミルクランドは開店準備中・・・今年も富士宮市内で遭難か?という絶妙のタイミングで現れるHDS。 富士山の噴火でできた「人穴(ひとあな)」を通過。源頼家が父頼朝を偲んで行った富士の巻狩りの際に見つけて家来の新田四郎の探検させたとか、富士講の開祖である藤原角行が「千日の行」を行ったとかの伝説が残る溶岩洞窟らしいですが、時間も体力もないのでスルー。ご多分に漏れず、近年のパワースポット・ブームで脚光を浴びているとのこと。上井出から5キロ弱で富士ヶ嶺を通り鳴沢へ向かう道が分岐します。「開拓道路」と聞くと平成の初めの大事件を思い出してしまいますね。地元の方にとっては消し去りたい歴史の一ページなのでしょうが・・・
ここを過ぎるとしばらくは緑陰の涼しさが感じられるご褒美区間。両脇から伸びる雑木の枝葉がセンターラインも引かれないほどの道を覆い、緑のトンネルを行くかのようです。地味に標高を稼いだこともあって、一気に汗が引くのが分かります。車もほとんど通らないので快適の一文字。人穴から20分も漕がずR139と合流。こちらは片側二車線のバイパス状の道路ですが、一層勾配が緩んだせいか、暑さに苦しむということはありません。白糸の滝付近の標高が500m弱なのに対して、この猪之頭地区の標高は770mほど。そろそろ朝霧高原と呼ばれる場所ではあるので、涼しいとまでは云えないものの熱中症に関しての不安は頭を去りましたが、それなりに空気が薄いせいか息苦しく感じる・・・のは、交通量の多さゆえか?ともかくトラックの往来が激しく、それもほとんどが10t車やトレーラー。中には真っ黒な煙を吐いて登坂車線を登って行く車もあって、煤煙が道に沿って流れる為、500mも走らず喉にザラザラとした違和感を覚えました。登坂車線を終りまで這い上がると、路傍には「標高800m」と記された看板。狭い路側帯のすぐ脇を、スピードを出した車が行き交うので写真を撮るのに好適の場所とは云えませんが、山から下りて来る靄が一面の草原を流れて、景色は中々素晴らしいです。開拓道路に入れば景色に目を遣りながらペダルを漕ぐことが出来たのでしょうが・・・しばらく追い越し車に緊張を強いられたため、富士宮スノーステーション手前のバス停の少し広げられたスペースに避難して後続車をやり過ごします。道の駅が近い筈なので短い休止の後出発。道の左側は300mほど西側まで平らな牧草地。地図を見ると東京農大の演習農場らしい。そのさらに西側は白糸の滝の12キロほど上流にあたる芝川の源流部ですが、谷は意外と深いらしく、牧草地の向こうに見えるのは毛無山の麓に位置する直線距離で2キロはある筈の集落です。まっすぐに伸びる牧場の管理道を目で追うと、霧が流れる谷の向こうに毛無山。富士山同様雲を被った姿ですが、緑濃い山肌を背にパラグライダーが舞う光景はとても幻想的で、ずっと見ていたくなります・・・爆音を上げて通り過ぎる車の列さえなければ。
十時半過ぎ本日の大休憩場所(笑)である「道の駅朝霧高原」に到着。用足しして鏡を覗けば、粉を吹いたような肌をした中年男の顔。豚のエキスをタオルで拭い、ベンチで一休み。ソフトクリームを舐めていると"CAAD10"と書かれた白いバイクが目の前に滑り込んで来ました。
9月に行われるイベントの練習の為、富士宮から反時計回りで富士山を一周されているとのこと。4時間半でここまで走って来ちゃったらしい( ゚д゚)高原に這い上がるまでジューシーな肉汁をたっぷりと絞り出して、水の補給場所が気になっていたので訪ねると・・・
「いや、僕はハイドレーションパックから(水分を)摂っているので・・・」バックパックにはdeuterドイターの文字。脇に放り出してある私のは、ピアゴ中山店で大枚二千円をはたいて買ったダンロップ(しかも処分品)。首に巻いたタオルを置くふりをして、さりげな~く、隠してみたりとか。。。手遅れか(笑)
「BHなんて珍しいですね」安物ばっかりでゴメンナサイm(_ _)m
自転車の男性が行ってしまうと、今度は観光バスから降りてきたオトーサンに話しかけられます。どこから来たの~  とか、お決まりの会話に続いて、
「ところであんた、いくつ?」
男の価値は顔に出る。この年齢の男がして然るべき苦労や経験が、全く刻まれていないノッペラした顔を覗きこむお父さんの目には、何かもう、不憫でならないというような色が浮かんでいます・・・(^ ^;)
都合30分ほど休憩して出発。県境であることを示す標識が立つ他は、ここまで続いた風景とさほど印象の変わらない場所を過ぎると確かに道は下り始め、今までとは全く異なるペースで走ることが出来るようになりました。ほどなく道の両側が森に変わり、体感する温度は一層涼しくなりました。相変わらずトラックの往来が激しいので路側に張り付いて下って行きますが、カーブなどで道幅が広がっている箇所はゴミが吹き寄せられていて難渋します。あちこちに黄色い液体が詰まったペットボトルが投げ捨ててありますが、これってひょっとして・・・?踏みつぶしたら大惨事なので路側からややセンターライン側に寄ると、一瞬の間を置くことなく後ろからクラクションが飛んできます。お行儀悪いことする人だぁれ♪3キロほどの行程ですっかり消耗した時、「←本栖湖」の標識が目に飛び込んで来ました。とりあえず、本日一番の難所は終わった模様・・・です。

【富士五湖~富士吉田~山伏峠 46km 11:20~15:40】

・・・というわけでやってきました本栖湖。土産店の駐車場から延びる遊歩道先の湖岸は遥か下。よって駐車場から指さし確認して見学終了。富士五湖で水深が最も深い・・・らしい。千円札の裏面に描かれる逆さ富士は西岸の青梅峠から撮影された写真(岡田紅陽作『湖畔の春』)が元ネタとのこと。以上っ!
残りの行程は少なく見積もってあと120キロ。ともかく指さし確認程度の駆け足観光にならざる得ず、残りの湖も相応の感想しかありません。。。
精進湖。グーグルアースで探す不思議な地形ネタで一時話題になった民宿村の国道入口に立つ案内に従って左折。地図では湖畔まですぐの筈なのに、1キロ走っても湖面が見えず現れたのはトンネル。反対に抜けるといきなり広がるパノラマビュー。雲に霞む女坂峠から下りて来る精進ブルーラインが見えますが、地図上では2キロに満たない筈の対岸は思った以上に遠く、腐れた根性をへし折るのに十分な距離でした(^ ^;)湖畔一周断念し、バックトラック。民宿村入口から5分と行かず、国道脇に湖畔まで下りることが出来る絶好のビュースポットが・・・(T T)
今やはっきりと東へと進路を変えた道は、青木ヶ原の原生林を巨大な橋で跨ぎながら上る真っ直ぐ系。たかだか2%ですが、18輪トレーラーに追い越されると欄干の外に吹き飛ばされそうで、精神的に堪える・・・ピンクのロードバイクの女性が力強いケイデンスで追い越して行くその坂を、喘ぎつつ上り切った場所は864年(貞観6年)の大噴火の際に出来た溶岩台地で、流れ込んだ溶岩によって二つに分かたれるまで、西湖と精進湖は一つの大きな湖だったとのこと。ポロシャツとハーフ・チノでクロスバイクを漕ぐ中年カップルは、苦痛の陰を微塵も感じさせない雰囲気で、「避暑地の別荘から自転車漕いでるんだも~ん」という笑顔と共に追い越して行きます。私の方はというと、厚いパッドを以ってしても下部後方が痛み始めていて、気を付けていても眉間のしわが深くなる時間に入りつつあります。苦悶の表情を張り付けた路上の異物・ピチパン履いたブタに、路肩に停めた軽トラから、追い越しざま声が飛んできました。
「安いヨッ!日川のもも!六個で千円!」
・・・安いのは分かるけど、どうやって持って帰るのさ?

「熟れてて旨いヨッ!一つ剥くから食べてって!」
う~ん。確かに美味そうだけど、こっちなんか熟れきってて、擦れて中身が出ちゃいそうなんだよ・・・
悪いね。オジサン
西湖。「また上り返さにゃならんのか・・・」という深い溜息と共に国道から景気よく下り、辿り着いたのは湖の西の端に当たる湖畔。公園の鮮やかな花壇に吸い寄せられるように、次々と観光客の車がやって来ます。お揃いのウェアでキメたローディーのカップルも湖を背に互いの写真を撮っています。「よろしければお撮りしましょうか?」と声を掛けると、家族連れの場合大抵喜んでもらえますが、カップルの場合は逆に迷惑がられることが多いので、視界に入らぬ様立ち去ります。合宿やらセミナーやら研修やらで何度も来てるはずなのに、湖の方はほとんど印象に残ってないなぁ。そういえば北岸の道から、足和田山~紅葉台の向こうに富士山を仰ぐことが出来た筈ですが・・・駄目ぽ。午後に入って雲がやや厚くなったように感じられ、陽光が差す頻度が少なくなったせいか涼しいというより、時に肌寒く感じられるほどの気温になりました。そういえば、先ほど国道で目にした電光掲示板には20℃とありました。ウィンドブレーカーを追加してチャリ漕ぎ再開。短いトンネルの先は猛烈な下り。九十九折れで光るものが視野を掠めた僅か数分後には、再び湖畔に立っていました。河口湖。写真に写る看板には「奥河口湖」と書いてあるような気がしますが、細けぇこたぁいいんだよ。温泉街やらロープウェイやら遊覧船やら猿回しやらの、観光バスが連なるスポットは湖の東側に集中していますので、静かな湖畔の雰囲気を楽しみたいという向きはこちら側が好適かと。金も時間もないのでコアな観光スポットは全力でスルー。最短距離で富士吉田に移動・・・吉田といえばうどん!
午前中ジューシーな肉汁をたっぷり絞り出しちゃったので、スープ補充のためここは迷わず肉うどん。「大盛の美学」は言わずもがな。デブは汁を残さずすする(©西原理恵子)。吉田の中心部まで一度下りてからバイパスまで戻る余裕は無く、いつものココで食べたのですが、なんとひばりが丘高校の生徒さんが運営するこんなサイトを参考にしての食べ歩きライド・・・なんてのも楽しいかも。思わず泣き言が口をついて出るくらいキツイ道の駅の前の坂を上り、ぁゃιぃ喘ぎ声を漏らす程度にキツイ忍野の坂を越えると、最後の湖山中湖。気息奄々、湖畔のベンチにへたり込みました。wikiによると、富士五湖最大の面積を持ち、湖面の標高は富士五湖の中では最も高い位置あるとのこと・・・ちなみに「河口湖」の項には「富士五湖の中で(中略)最も低い標高地点にある。」とありますが・・・おい、責任者出てこいっっ!
  マリモ通りを行くとママの森の辺りで岬の上に上らされるので、平野までは最短かつ平らなブタ脚御用達コース・「湖畔のサイクリング・ロード」の一択っ!・・・でも舗装がチープで継ぎ目で大きく揺すられるので、結局到着時間は遅くなってしまうのですが。
15:15いよいよ本日最後の峠にとりかかります。テニスコートやアヒルさんがいる辺りは私でも普通に漕げるんです。問題は最後の1キロほど。炭焼きチャーショー号の後ろは一番大きい歯でも25Tで、乗り慣れたぶたのは30T。重さは7kg以上軽いのですが、いよいよ上り坂で前に進めなくなった際、万一ビンディングが外れなかったら・・・という不安は常に頭にあります。何日か前に見たDVDを思い出し、「引き足・引き足・・・」と念仏を唱えてクランクを回します。割りにあっけなく山伏トンネルが現れました。こりゃ楽でエエ・・・正しいフォームが・・・とか、TTのタイムが・・・とか、掠めもしないところが、筆者の志の程度を問わず語りしておりますm(_ _)m
区間平均は10.6km/h・総平均速度は12.2km/h。

【山伏峠~自宅 75km 15:40~19:40】

トンネルを抜けると、水源の森は虫の声が賑やか。両国橋までは殆ど漕ぐことなく下れるはずなので、道志村の風景は心穏やかに過ぎて行きます。道の駅にはバイクに混じって自転車がやはり数台見え、迷いましたが折角乗ったスピードを落としたくないので通過。汗かきぶたにとって
日帰り温泉は、夏のライドに欠くことのできないメニューなのですが、同じ理由から『道志の湯』も後ろ髪引かれつつ、諦めます。下に降りても気温は思ったほど高くないので、入浴後の長いダウンヒルで風邪をひいてしまうかも・・・ということも一つの理由です。GPSのメーター読みで概ね30km/hを保って池之原から椿へ。25Cのタイヤを履いていますが、舗装の荒れている所ではぶたとは比べ物にならないほど、路面からのキックバックが強く掌に伝わり、緊張を強いられます。月夜野のキャンプ場脇はいつも工事をしている印象がありますが、いつまで経っても路面はガタガタのまま。急峻な崖に道が刻まれているので、始終補修していないと通れなくなってしまうのかも。やっと神奈川に戻って来ましたよー♪・・・という喜びもつかの間、210キロを後にして、また坂を上らにゃならんのですが(T T)
私の様に志の低い人間が、坂の上にかがやく一朶の白い雲をみつめて上り始めてしまうと途中で心が折れること必至なので、後ろから迫るタイヤのロードノイズに耳を澄ませながら、ただ足元を見つめてペダルを踏み続けます。 ・・・
もう駄目だぁ~
いや、引く力は残ってるぞ!
靴の裏側がペダルに引っ張られる感触を意識しながら、「踏む」のではなく「回す」と、もう進まないと思っていた自転車が、ギクシャクと、ではありますが進んでくれます。遅ればせながら、「踏む」という行為で使われる筋肉と、「引き上げる」行為で使われる筋力が別であることを実感できた瞬間でした。大事なことは、もっと早く覚えとこうぜ、バディ~痙攣するように前輪を震わせて青根へ這い上がれば、この先しばらくは漕がないで進めます。ズル前提なので勿論速度は度外視。痛む尻を右に左にサドルからずらし、惰性のみで三ヶ木に着きました。
  皿の上のニンジンやら夏休みの宿題やら請求書やら手形やらと一緒に無くなってしまえばいい津久井湖GCの坂が、目を開けてもやっぱり、ある。ので、ちょっと泣いてから、あきらめて上ります。夕闇が迫るので灯火類は全灯。いつもの渋滞は下九沢まで続いていて、ゴー・ストップの度に神経を磨り減らしながら相武台相模原線へ。毎度のことながら、自転車など眼中にないらしいパチンコ店の警備員に殺されかけた後、座間大和線へ。辛うじて足が回っている状態でママチャリ高校生にも抜かれ放題。それはいいのですが、スマホ+無灯火+逆走の豪華三点セットの多さといったら、ちょっと信じられないほど。真夜中のR246や甲州街道なんて、夕方の大和を走るのに比べれば安全至極・だって走っているのはプロのドライバーの方たちばかりですから。こっちに出没するのはゲリラ。2013年の大和市が、82年のベイルートやサンサルバドル・93年のメデジン・04年のファルージャに比肩できる場所になってたとは知らなんだ。いや、マジで。R16でGIOSばかりの早い集団に抜かれ、通信隊のゲートからバイパスの下までは命が掛かっているものと思い定めペダルを漕ぎ、19:40分帰宅。
区間平均18.7km/h・総平均速度は13km/h・・・明神峠・三国峠で不調だった自転車は、整備の甲斐あって絶好調。にもかかわらず進歩の跡が見られないのは、やはり私自身に原因があることを確認できた一日でした(^ ^;)
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