2012年1月30日月曜日

一之瀬林道 ・ 新犬切峠 ・ 柳沢峠 ・ 大菩薩ライン ( 青梅街道 ) 旧道

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開始日時終了日時経過時間移動時間
2011-12-17 00:10:062011-12-17 21:33:0721:23:0119:31:21
水平移動距離(km)沿面移動距離(km)総平均速度(km/h)移動平均速度(km/h)
248.06220249.5841611.6717512.78444
最高速度(km/h)上り平均勾配(%)下り平均勾配(%)
42.382552.54888(2.37182)  
最低標高(m)最高標高(m)獲得標高(上り:m)累積標高(上り:m)
-3150414803113.83

  宿題の柳沢峠を、塩山から上った前回とは逆に、今回は奥多摩側から上ります。真夜中過ぎに出発。こじらせた風邪がまだ全快していないらしく、右の背中と脇腹に軽い痛みが残っているのですが、ダメなら引き返すつもりで町田街道をギコギコ進みます。熱烈に布団が恋しいですが、今日を逃すと年内にやっつけるのは無理そうですし・・・二時間ちょっとで拝島橋を渡り、奥多摩街道に入ります。交通量が多いにもかかわらず片側一車線で路側の狭い箇所が多く、昼間は走りにくい印象がある奥多摩街道もこの時間帯は追い越してゆく車もまばらで、ブタ脚でも快適に走ることが出来ます。よく使う地図やカメラの携帯方法にいては未だ試行錯誤を繰り返してこれという結論に達していないのですが、今回ウェストポーチを試したのが失敗で、腰骨の上から腹を圧迫するような形で体に固定されるため50km弱の行程で右脇腹の痛みが耐えられないほどになり、東青梅の駅前で引き返そうかと迷います。ただ、年が明けてから再挑戦する時間が取れるか分からないし、検査で内臓に異常が見つからなかったのだから時間がかかっても走りきれる筈と自分に言い聞かせ、ポーチをバックパックに放り込んで再び走り出しました。4時前に川井駅前を通過し、古里のセブンイレブンで最初の休憩。63km走るのに4時間ちょうどというのは、平地であることを考えると不安な数字です。
  止まると瞬く間に冷える体をカップうどんで暖めてから、真っ暗な青梅街道をふたたび西へ。行交う車はまばらなのに、道端を歩いている人が結構いて驚かされます。自転車のセットアップに時間が掛かり寝る時間がなかったので瞼が重くなりますが、左の路側を反対側から歩いてくる歩行者と分け合っている以上、ここは気合を入れて、注意深く走らなければなりません。どうせこの時間では氷川の町中を通っても開いている店も無いと思うので、白丸トンネルをくぐって海沢大橋詰を右に折れ、今まで通ったことの無いバイパスを使って小河内ダムを目指すことにします。馴染み深い氷川の町から多摩川を挟んだ対岸にあたる神庭地区の集落を抜けると、全長1043mの愛宕トンネルがオレンジ色の口をあけていました。勾配変節点にある広い退避所がやや印象的。街中を抜けるルートと比較すると、走行距離を500m強節約できて高低差はほとんど変わらず。パッと見て、氷川トンネルの手前を曲がってゆく車が少ない時使うと良いかもしれません。鋸山林道の下をくぐる形でトンネルを抜けて本線に合流。泉水谷に行った時は境渓谷の手前から「奥多摩むかし道」として整備される旧道に入ったのですが、今回は時間が無いのでトンネルが連続する現道を往くことにします。松姫峠入間白岩林道の帰路このルートを通った時はトンネル内の漏水が多く、車が跳ね上げる泥水をまともにかぶって閉口させられましたが、この時間帯ならほとんど交通量もなく心配ありません。ところが、今回トンネルに水は流れていませんでした。こことかここなんか洞内の路面が川のようになっていたのが、ご覧の通り。単に漏水箇所が凍っているだけかもしれないけれど、巻き立てのいたる所にこんなパッチ状の金属板が貼られているのが目に付いたので、あるいは何らかの対策が施されたのかもしれません。桃ヶ沢トンネルを抜けると待っているのは小河内ダムの堤体を超える急勾配、車が来ないのを良いことに蛇行しつつもインナー+ローで這いあがって、5:30前にダム公園駐車場に到着。カロリーメイトをかじって二回目の補給をします。古里~小河内ダム間の平均速度は9.8km/h(笑)。ここから山梨県境までは湖面に沿って平坦なので、挽回を期待しつつ漕ぎ出します。
  小河内郵便局の先にダム湖に消える道を見つけたり、都民の森・風張峠を走る人にはお馴染みの三頭大橋と深山橋が真っ暗な湖面に明かりを落とす姿に思わず脚を止めたりしつつ、丹波山村に入る。鴨沢の電光掲示板によると国道411号全線・路面凍結・走行注意の由、夜明け前で-2℃と一番冷え込む時間ですが、ダム駐車場で追加したユニクロのヒートテックの上着が汗を吸いつつ保温してくれて、ノロノロ走る分にはいい塩梅。相変わらず暗い路上を進みお祭洞門に差し掛かると女性のヒソヒソ声を聞いたような・・・(汗)あとで調べると近くに民宿があるようですし、雲取山へ登る人達が後山林道へ向かう途中に通る場所でもありますので、無論不思議でも何でもありません。保之瀬まで来ると東の空が明るくなり、鹿倉山と大寺山を結ぶ稜線の鞍部が影絵のように浮かんで見えました。昼間なら見事な渓谷美を見せる道路の左側、鋭く落ちる丹波川の谷底に光はまだ届かず、真っ黒なままです。甲武キャンプ場の荷物運搬用の索道がカッコイイ。岩岳から前飛竜にかけての稜線を朝日が赤く染めるのを眺めながら丹波山村の中心を過ぎ、さらに3キロほど漕いでナメトロ渓谷の脇で三度目の小休止。紅葉の時期には美しい姿を見せるこの渓谷も、今日は寒々しいだけなので展望台には降りません。なにしろ旧道の橋の上は一面の雪・座ると寒いので足踏みしながら食事を済ませ、GPSロガーを使って行程計算。ここまで96キロを七時間で走り、総平均は13.7km/h。あんまり挽回できてない・・・(^ ^;)







羽根戸トンネルをやや行くと一昨年の秋に訪れて感激した泉水谷への入口、小室川と黒川谷が丹波川に合流する浅瀬は、上の写真のように今回、紅葉の時期とは違う渓谷美を見せてくれました。傍ら小高い丘の上にがありました。少し長くなりますが引用します。
尾崎行雄水源踏査記念碑
明治四十二年(一九〇九年)五月、当時の東京市長尾崎行雄は、多摩川の荒廃した水源地帯を踏査し、これを買収して水源のかん養を自ら行うことを決断、給水一〇〇の計を樹立しました。
(中略)
明治の中期から後期にかけて、東京の飲料水のほとんどを供給していた玉川上水の水源である多摩川では、上流部の森林が荒廃していたため、渇水や濁水が頻繁に発生し、憂うべき状況となっていました。
このため、東京市長尾崎行雄は、水源地であるこの地を五日間にわたって踏査し、「東京市民の給水に責務を負っている東京市が、水源林の経営を行うべきである」と決断されたのです。
その後、これを契機として、荒廃した水源地帯を買収するとともに、植栽や崩壊地の復旧事業などを積極的な施策を講じた結果、水道水源林として今日見られるような見事な森林が形成されることとなったのです。
東京都水道局
  この辺を走っている方なら「東京都水道局」の徽章を着けた人達が、道路脇を丁寧に掃除している光景を目にされた事があると思います。青梅街道の泉水谷と一之瀬川を結ぶ線から西側は甲州市となりますが、ここから奥秩父とを隔てる唐松尾山・笠取山から大菩薩嶺を結ぶ分水界までのほぼ全域を水道水源林として東京都が管理しているそうで、帰宅して調べたところ、碑文に要約された水源林取得に到る沿革を詳しく紹介しているサイト(東京都水道局「安定した水源の確保」)が見つかりました。ここの他にも奥多摩町から山梨県下の小菅村・丹波山村など、東西30.9km・南北19.5kmの範囲に広がる森林を東京都水道局が管理しており、総面積22,000haというのは、羽村取水堰から上流の多摩川の流域面積の44%・都区部の面積の35%に相当するとのこと。柳沢川が丹波川へと変わる一之瀬川との出合の「おいらん渕」付近は、川の両岸に岩壁がそびえる奇観が楽しめる街道一の景勝区間。黒川鶏冠山を北から東へ流れる丹波川左岸の崖にへばりつくように、九十九折れとロックシェッドの連続する道を刻んでいます。特に圧巻だったのが、丹波山村と甲州市を隔てる一之瀬橋を挟む前後500mほどの区間だったのですが、さすがにこういった状態を放置するのは危険と行政が判断したらしく、「一之瀬高橋トンネル」で大岩を貫き、前後の橋とあわせ600m弱右岸を経由することで件の箇所をショートカットする新道が開通していました。旧道上の丹波川が始まる一之瀬橋の出合い付近と頂上に岩松を被った対岸の大岩を見上げるポイントを回ってゆきたい所ですが、やや奥多摩よりの「大常木トンネル」旧道共々埋め戻される運命らしく、前後の分岐に警備員が立って工事が進められていました。いずれもかつては普通車同士がギリギリすれ違える程度の道幅しかなく、景色を眺めるために駐車した車が渋滞を引き起こしていた場所でしたので、より安全に通行できるようになったのは間違いないのでしょうが、街道から楽しめる渓谷美が損なわれてしまった点はやや残念です。
  さてここからが本番、いよいよ林道に入ります。一之瀬林道は標高1606mの藤尾山をぐるりと取り巻くように走っている林道です。柳沢峠の周辺ではおなじみの形の林道標を過ぎ、右の路肩が鋭く切れ落ちる道をヘコヘコ上ってゆきます。一之瀬川が流れているはずの谷底は木々に遮られ、まだ八時を少し回ったところなので陽も射さずよく見えません。途中の崖の傍には事故で亡くなられた方のご遺族が建てられたのでしょうか、「昭和三十四年三月二十四日」と日付が刻まれた慰霊碑があります。3キロ弱漕いで最初の切り通し、法面の工事中でしたがトラックの脇を通していただきました。若干下って竜バミ谷との出合に掛かる石南花橋で、一之瀬川の左岸へと渡ります。キンと張り詰めた空気の底を、清流がひとすじ雪を割って流れていく様は、「清冽」という表現がぴったり。九十九折れて沢から遠ざかり、陽の当たる小さな峯を回るとキャンプ場の看板があり、やがて人里の気配が。ほどなく川を挟んでやや西側の尾根との間の段丘上に広がる集落が見えてきました。ちょうど一之瀬川に中川が合流する場所で、一之瀬川本谷の段丘に広がる地区が一之瀬・やや北側の中川と東川の出合付近を二之瀬・さらに500mほど上流の中川に別の支流がそそぐ場所を三之瀬と数えるようです。なお、住所表示の「一之瀬高橋」は、前記の集落に犬切峠を挟んで西側に位置する、高橋川沿いの集落も併せた呼称のようです。歴史は古く、その起源を武田氏が黒川金山を採掘するため集めた人達が入植した15世紀末まで遡ることが出来る記録があるとの由。笠取山南麓に抱かれたおとぎばなしのように美しい高原ですが、生活するのに厳しい場所であろうことは大きな茅葺屋根を持ったこの家が物語っている様に思えました。白川郷の合掌造りを思わせる深い切妻は、豪雪地帯によく見られるものだからです。丈の短い笹が茂る小川の向こう、丘の上に学校を思わせる赤い屋根の建物も見えます。
  集落の中で犬切峠を抜けて高橋へショートカットできる道が西に別れますが、折角なので笠取山や水干の入口となる一番北側まで行くことにします。せんべいとポカリスエットで補給を済ませチャリ漕ぎ再開。冬枯れの森の中で濃い緑の葉を茂らせているのはツガかモミか、白樺の幹と鮮やかな対照を見せてくれます。ペンションやコテージ・テニスコートなど、昭和のレジャー記号が散りばめられた道を息を切らせて上ると、集落を一望できる畑の横に一軒の商店がありました。幾つかのサイト様で紹介されているこのお店、一之瀬林道を自転車で周回する場合補給に絶好の距離にあり、事前に当たりをつけていたのですが、今日は残念ながらお休みのようです。ここまで108kmを9時間で走り総平均は12km/h・羽根戸トンネル手前からの区間平均はなんと6km/h!勾配は集落の中が一番きつくて8~12%、この先補給は期待できませんが林道のピークまで緩やかな上りが続くようです。
  三之瀬の川の出合、熊笹が敷き詰められたブナ林を抜けて、青空に葉を散らしたカラマツの枝がぼんやり弧を描く鞍部を目指して、ヘコヘコとペダルを踏みます。東川の右岸から中川の左岸へ、小さな丘を越すと一之瀬林道で一番北にあたる中川橋に着きました。200mほど進んだ尾根の切り通しでGPSを確認すると標高は1360mとの表示。ここから一旦中川の西の支流(中島川?)を渡る為に40mほど下り、ホオノキ尾根を回って作場平を目指します。ホオノキ尾根の西側は工事の最中で、無理をお願いして通して頂くことに。お仕事中申し訳ありませんでした。2~300mにわたって崩れたらしく、補強跡が真新しい路肩の先はこんな具合で大変こわい。一之瀬本谷まで降りた所が作場平で、前述の通り標高1953mの笠取山や、多摩川の水源とされる水干への登山口となっています。明治のはじめに一帯の森が御料林に編入されたことで従来の入会権が制限を受け、無断伐木が横行したことや、柳沢峠を越えて塩山との間に後の青梅街道の元となる道が出来て一之瀬高橋地区の人口が急増し、焼畑による開墾が進んだことなどにより、笠取山周辺は明治三十年代に到ってハゲ山になってしまったとのこと。森林の保水力の低下によって明治40年には痛ましい水害も起こり、他方下流域で渇水や水質汚濁を頻発せしめたことが、東京市に水源林取得を促すきっかけとなったのは先に紹介した通り。そして現在、甲州市内においては北の唐松尾山・笠取山、西側は倉掛山・白沢峠、そして南の大菩薩嶺を結ぶ分水嶺内側のほぼ全域を東京都水道局が管理しており、一之瀬川・柳沢川・泉水谷(小室川)流域に所有する森林の面積は5608haに及びます。林道のほか、周辺には無数のトレッキングルートが張り巡らされている模様ですが、そのほとんどが水源の管理道として整備されたもので、笠取小屋や水干に至る道もそれらの中の一つということになります。折りしも、作場平の駐車場から歩き始めた三人の年配の男性に声を掛けられたところ。高橋の方から車で来られた由で一之瀬まで林道を通れるかを気にされている様子。途中工事の箇所をお知らせし、どこに向かわれるのかを問うと、やはり笠取山頂との由。すぐ脇の案内板によると作場平から笠取小屋までヤブ沢峠を経由して片道3.7km・2時間弱、仮に自転車をデポして今から歩き始めると再びここに戻るのは14:30過ぎとなり、とても時間がない。羨ましいなぁ・・・
  作場平橋から林道は一之瀬川を離れ南に下り、石保戸山と藤尾山の鞍部を越えて高橋を目指します。沢から北向きの斜面に入ると道路は雪で真っ白。この場合しっかり積もっている場所より気をつけなければならないのは車の轍で、嵌まるとただでは済まないので、危険を感じたら躊躇なく降りて押します。一度解けて凍ったブラックバーンも多く、押し歩きもひと苦労。陽の当たる南斜面でスピードを稼ぎ、沢入りから北斜面は押し歩きの繰り返し。前半に比べて急峻な場所に道が開かれている印象で、あちらこちらに大きな砂防堰堤が目に付きます。作場平から3キロ弱でひときわ見晴らしの良い場所に出ました。下の写真のように、左から唐松尾山~西御殿岩~将監峠~竜喰山~大常木山~大洞山(飛龍権現)~前飛龍までの山並みと、麓に広がる一之瀬高原が一望できます(オンマウスで拡大)。帰宅後調べると、どうもこの展望台の場所を「新犬切峠」と呼ぶようで、本来の犬切峠はこの先の高橋側林道ゲートから石保戸山と藤尾山を結ぶ尾根伝いに走る道を一之瀬側に200mほど戻った地点になるようです。国土地理院の地図閲覧サービスで見る限り、標高は前者が1370m・対する後者は1380mでほとんど違いはありません。GPSは1379mを表示していました。漕ぎ出して300mでゲート。「東京都水道局」と記された凝った林道標が目を引きます。一之瀬トンネル側の林道起点からここまで約12.5キロを2時間55分で移動して、平均時速は4.3km/h(笑)、自宅を出てから10時間50分で累計走行距離は115キロ・総平均10.5km/h。





https://lh3.googleusercontent.com/--MN4FryvFII/TxZBCzyln_I/AAAAAAAAA18/dvsiY7drMGE/s800/%2525E4%2525B8%252580%2525E4%2525B9%25258B%2525E7%252580%2525AC%2525E6%25259E%252597%2525E9%252581%252593%2525E6%25259F%2525B3%2525E6%2525B2%2525A2%25252000165-00167.JPG



  ゲート前は東に向かって先ほど一之瀬から分かれた支線が、切り通しを挟んで少し離れた場所から西には大ダル林道がそれぞれ分岐しており、変形十字路となっています。衛星写真では切り通しがある保戸山と藤尾山を結ぶ尾根上に防火帯が開かれ、米印のように見える地点です。東側の分岐、すなわち犬切峠を経由して一之瀬の間を移動した場合、私が取ったルートに較べて4キロ弱節約できますが、最大標高差は前述の通り10mほど大きくなります。尤もピークは犬切峠だけですので、累積標高では両者の関係は逆転すると思います。一方西側は数十メートルを残して完抜の待たれる大ダル林道ですが、こちらの入口には「林道開設工事中  平成24年3月2日まで」と記した看板が置かれていました。ここから落合橋まで、標高差にして250メートルほどを一気に下ります。高橋川の川辺まで降りて鶏冠神社前のT字路を左折すると、久しぶりに人の生活の臭いのする場所に出ます。先に述べた高橋地区で、中でも屋根に草木を生やした左の写真の家は抜群のインパクト、無論空き家などではありません。こんな家に、マジ住みたい。11:30に落合橋に到着、再び青梅街道に合流しました。一之瀬林道の新犬切峠のピークより一之瀬側は12.8km・平均斜度3.6%、高橋側は3.2km・平均斜度5.9%、一之瀬高橋トンネルから16kmを3時間20分で走り、林道上での平均速度は4.8km/hとなりました。
  正直、坂はもうおなかいっぱい、山サイのシャッター降ろして店仕舞いにしたい所ですが、やはり分水界を越える誘惑に勝てず、峠目指してノロノロ進みます。幹線国道ですが正午近い今も交通量は少なく、多少なら蛇行しても大丈夫そうなので、引き続きもがかせて頂こうかと。気温5℃にもかかわらずウィンドブレーカーを脱いでも汗びっしょり、道の駅たばやまの向かいのGSで買ったポカリスエットが残り半分ほどで、峠までもつのか大いに不安。路傍は左が柳沢川・右がカラマツの林で、段々と雪に覆われた場所が増えてきました。泉水谷横手山林道大ダル林道の入口が連なる九十九折れに差し掛かります。いずれの場所も工事中の看板が。塩山側から下った時は峠から泉水谷横手山林道の入口まですぐだった記憶があるので、ここまで来れば峠まで漕いで行けるんじゃないかなぁ~

  漕げればいいなぁ~

既にヘロヘロ、右側の路側へ蛇行して陽の差す沢に目を遣れば、清流の脇に雪を割る緑濃い茂みが。負けじとひと踏張り。とうにギアの段数を使い切り、スプロケットからの恨み言のように聞こえてくる音が、これ以上ギヤ比を落とせないことを告げています。再び左の路側に張り付いて行く手の道とにらめっこ。少し低い場所が見えると峠を期待して張り切ってペダルを踏み、沢側に道が折れると回らなければならない峯と分かってがっくりという事を数回繰り返した後、真新しい桟橋の上でギブアップ。振り返れば奥秩父の山並。とお~くが見えること自体あごがアガっていた証拠で、これこそが毎度おなじみの必敗パターンなのでございます(T T)
  押し歩っ!
  すれ違うドライバーからの憐れみの視線を意識しつつトボトボ歩くこと30分、笠取林道入口を指した見覚えのある深静峡の看板が。12:45  標高1472mの柳沢峠に到着。前回はこんな具合で顔を見せてくれなかった富士山も、小金沢連峰と御坂山塊の向こうできれいに裾をひいています(左下:オンマウスで拡大)。125キロを12時間30分で走って、総平均は10km/hちょうど・・・ぶたと富士山のツーショットを試みるも、こちらも惨敗。AFだと焦点距離が合わず、私の腕ではどうやっても上手く撮れそうもありません・・・滝のようにかいた汗が峠の風に吹かれて急速に乾き、ともかく寒いので、富士見もそこそこに峠の茶屋へ。
  以前ドライブで寄った時は味噌田楽がとてもおいしかったのですが、今日はお昼なのでしっかり食べて、長い下りに備えて体を温めなければなりません。山菜そばを注文して石油ストーブの前を確保。今日は年配のご主人が一人で店を切り盛りされている様子です。自転車の遠乗りでこういう峠のドライブインに入って食事をするのは、意外にも初めてかも。期待して行った刈場坂峠の茶屋は跡形も無かった・・・上日川峠のロッヂ長兵衛は登山ベースだった・・・足柄峠もたしか登山宿だった・・・和田長尾は時間が合わなかった・・・大観山都民の森はアベックばかりで入っていける雰囲気じゃなかった・・・御坂峠には、そもそも辿り着けなかった・・・あと、どこ行ったっけ?思い出そうとしているとバイカーの男性が入店・・・けど、あまり話し易そうな雰囲気じゃないm(_ _)mので黙して待つこと暫し、ご主人の声と共にそば着丼。早速いただくと、ちょっと薄味だけど、かえってきのこの香りがよく分かっておいしい。期待以上・・・ていうか、最高。・・・なんでこんな美味いんだろ・・・ズルズル・・・
ごちそうさまでした。駐車場に戻ると、不器用な飼い主を尻目にぶたが友達をこさえてました。
https://lh5.googleusercontent.com/-a1evvN7n1PE/Tuyy6fQvgAI/AAAAAAAAAos/Hyty3y08N8c/s400/%25E4%25B8%2580%25E4%25B9%258B%25E7%2580%25AC%25E6%259E%2597%25E9%2581%2593%25E6%259F%25B3%25E6%25B2%25A2%252000230.JPG
分水界を越え、富士川水系の重川に沿って峠を駆け下ります。塩山側は右のような橋梁で谷の両側を行ったり来たり。「信ちゃん道路」とか、頭をよぎったりしますが。富士山の眺望を得るには絶好ですが、高所恐怖症の私はあまり好きになれない道です。で、旧道はこの状態。現在はご覧の通り砕石で路面の半分を覆っただけですが、ある程度安定するのを待って残り半分を石籠と盛土で覆い、植物を植えるという段取りの途中、進捗度で半分程度に見えるのですが・・・果たして?都留と道志とを結ぶ道坂峠の旧道・同じく秋山とを結ぶ雛鶴峠の旧道など、山梨は旧トンネルを塞ぐばかりでなく旧道そのものの痕跡を消してしまうことに熱心ですが、県道ばかりでなく管理を任される国道についても同じ方針で臨むということなのでしょうか?やや雑駁な印象を与えるものの、こうした工事は植生の回復が困難な標高が高い場所において、無為に自然に任せる方法より有効な点は間違い無いでしょうし、環境保護の観点からもこうしたより積極的な手法が支持される流れは変わらないと思いますが、細い道を辿って峠まで上った思い出が旧道と一緒にこの世から消えてしまうように感じ、寂しい気がしました。そこで気になるのがR139の松姫峠。全長3066mの松姫トンネルの完成は平成26年と聞きますが、標高1250mまで上る現在の峠道が県道に降格されて残るのか、ここと同じく積極的に廃道としてしまうのか?いずれにしろ近いうちもう一度上っておいた方が良さそう・・・なら、白糸の滝と温泉は外せないな、と考えるうちに塩山を通過。塩山・勝沼はバイパスを走ったので普通の郊外っぽい景色。出来たばかりの頃ドライブで寄ったハーブ園もスルー。ここで買ったレモングラスが増えに増えて、あちこちに株分けさせてもらいましたっけ。等々力の交差点からr34に左折し、最後の峠である新笹子トンネル目指して上り再開。この辺が今日のルート上の一番西の地点で、自宅より148kmを14時間20分で走って総平均は10.3km/hと、ほんの少し持ち直す。柳沢の下りで平均20km/h強・笹子の下りでもある程度挽回できるとして、真夜中前に帰り着くためにはここで気合を入れなければなりません。

ギコギコ。さすがフルーツ王国、道沿いは果樹園ばかり。買って帰りたいけど、無理。

ギコギコ。甲州街道に入ると谷底からはるか頭上まで中央道の真っ赤な橋脚がそそり立つ。高速走行で地形の変化を感じさせない巨大な力を、目の当たりにする瞬間。

ギコギコ。日川の左岸に渡ると旧笹子峠への分岐。これも、無理。

ギコギコ。甲斐大和駅前通過。立ち漕ぎ高校生に軽くちぎられる。ママチャリは意外と、速い。

ギコギコ。ひょっとして、私が遅いだけ?

ギコギコ。・・・・・・・・・

ギコギコ。歩いていい?(泣)

41歳にもなって、一体何をやっているのかと真剣に自問しながら15:30道の駅甲斐大和に到着。下から一時間も掛ってしまった・・・orz・・・各方面にばら撒く土産を買い、下りに備えて再びウィンドブレーカーを着用。16:00過ぎに新笹子トンネルを通過、真木温泉の入口辺りまで10キロを漕ぐことなく下ります。そろそろ長距離便のトラックの多くなる時間帯なので、基本的に路側を維持し、スピードに乗れるタイミングでは車線の左端にややはみ出し、タイヤの音を感じたら路側に戻るリズムを作ってゆきます。30分ほどで大月駅前に到着。ここまで175kmを16時間20分で走り、総平均は10.7km・・・あまり挽回できてないです(^ ^;)フラッシャーのスイッチを三個とも入れて前照灯も全灯、ナイトランに備えます。甲州街道の脇を流れる桂川は相模川水系、二度目の分水界越えで体力を使い果たし、惰性だけで猿橋から上野原まで漕ぎます。梁川の洞門は節電で真っ暗だったので大事を取って歩道走行。尻と膝の痛みがMAXで背中と脇腹の痛みなど忘れてしまいましたとさ。松留発電所の脇から上野原の街に這い上がる坂が試練の場所で、駅から家に向かう人達の奇異の視線に晒されながら、警察署手前の掘割の歩道でヘタリ込む。300m先にコンビニがあるけれど、その僅かな距離を押し歩きすることすら出来ません・・・吐き気を抑えてカロリーメイトをねじ込み、暫くしゃがんでいると・・・5分位寝てしまったのかも、気分が良くなったので漕ぎ再開。相変わらず這うようなペースで藤野まで来れば、「帰ったも同然!」とか思ってる自分が怖い(^ ^;)相模湖~三ヶ木間はプレジャーフォレストのXマス・イルミネーションの点灯が今日とかで、両車線とも蟻が這い出る隙も無いほど渋滞し、あちこちからクラクションと怒声が聞こえてきます。原発事故で大変なのだから節電しなさい!って、いつの話だったっけ?車高を落とした濃色の車がバケツみたいな谷間で臨界に達しそうなので早々に退散し21:30帰宅。いろんな意味で、全然成長してないことを痛感した旅でした。





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