2011年12月3日土曜日

川崎港海底トンネル歩道(人道) ・ 東扇島 ・ 川崎マリエン展望台

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開始日時終了日時経過時間移動時間
2011-11-30 09:51:012011-11-30 15:50:3305:59:3205:22:06
水平移動距離(km)沿面移動距離(km)総平均時速(km/h)移動平均時速(km/h)
68.4645068.7684211.476212.81001
最高速度(km/h)上り平均勾配(%)下り平均勾配(%)
50.000000.87143(0.98240)
最低標高(m)最高標高(m)獲得標高(上り:m)累積標高(上り:m)
-115330338.35

ついこの間まで節電に励む家々の屋根を焦がしていた太陽もすっかり力を失い、気が付けば木枯らしに追い立てられて走り回る季節になってしまいました。師走の声を聞いて後さらに一段と冷え込む日が続いておりますが、皆様ご健勝にお過ごしでしょうか?
今週は、リハビリライドの際出掛けた浮島から川崎港をはさんだ隣の島・東扇島へ行ってきました。川崎市の臨海部に位置する人工の島=東扇島は、川崎港の一部として京浜運河側が内航船用・東京湾側が外航船用の埠頭にそれぞれ指定されており、中心を東西に貫く首都高湾岸線と合わせ首都圏の物流拠点としての機能を担っています。またご存知の通り、西側に隣節する扇島はその全域が私有地であり、JFEスチールや東京ガスといった島内に施設を持つ企業の関係者以外は立入り禁止となっています。先週の玄倉とはやや違う意味で秘境?感漂うこの島の近況を伺い知るという、淡い期待を抱いて出発します。末吉橋で鶴見川を渡り、途中尻手と八丁畷の間辺りでやや道に迷ったものの、1時間半ほどで最初の運河を跨いで千鳥町に入りました。右側を通り過ぎるトレーラーの列のせいか、あるいは工場萌えな周囲の環境故か口や喉にいがらっぽさを感じながら埋め立てによってできた千鳥町を南に向かって横切り、正午前に京浜運河を望むちどり公園に到着。釣り糸をたれるお父さんたちの向こう、対岸に石油タンクの列と白煙を吐く大きな煙突が見えますが、あそこが東電の扇島火力発電所のようです。
さて、事前に調べたところでは、この公園のどこかに海底トンネルの入口があるとのことでしたが、一回りして目に入ったものといえば小高い丘状の展望台と川崎港海底トンネルの換気搭だけ。と、換気搭の土台にあたる場所に、公衆トイレを思わせる、トタン屋根のなんともショボイ建物が・・・「海底トンネル歩道入口」
こ、これかーっ(^ ^;)!!
チャリを押して狭い入口を潜ると中はなんと自動ドア付・その先に海底に続く階段。生暖かく澱んだ空気の中をゆっくり降りて行くと、およそ1km続く 物凄くまっすぐな空間が現れます。ご覧の通りこのトンネルの断面はタテ2m×ヨコ3m位の長方形ほど、海底の土砂の中を掘り進める通常の方法ではなく、今目にしているのと同じ断面を持つコンクリートの箱をいくつも海底に沈めて繋ぎ合わせる沈埋工法で作られたトンネルなので、延々と同じ景色が繰り返されることとなります。針飛びを起こしたレコードみたいに自転車は押して歩けとのアナウンスが流れる中を、火災警報器や分電盤・車道の避難扉などが一定のリズムを刻むが如く繰り返し現れては消えるのを眺めていると、距離とか時間の感覚がちょっとおかしくなってくるような気がします。目指す出口は目を凝らすほど、文字通りの「消失点」・・・仮想の一点となってしまい、一向に近づく気配が感じられません。それにしてもここまで無機質な怖さを感じさせる場所もちょっとないのでは。頭の上に海がある恐怖というよりは大都会の死角風、それも向こうから『ブラック・レイン』の松田優作が抜き身の日本刀ぶら下げて走って来るんじゃないか、みたいな錯覚すら抱かせられ・・・いたるところに監視カメラが備え付けられているとはいえ、遠くのほうから足音が近づいてくると、相手が普通の人と分かっていてもついつい緊張するわけで、帰りもここを通らなければならないことを思うと気が重くなりました。自然と歩調が早くなり、途中からは小走りも交えて入洞から約15分後に東扇島の西公園へまろび出て一安心、御天道様のもとを島の東端めざして漕ぎ出します。
東扇島の目抜き通りに当たるこの辺りは人影もまばら、道の両側は冷凍倉庫ばかりで、コンクリートの単調な景色の中お弁当を売る屋台だけが賑やかな空気を周囲に発散しています。5分の漕がず東公園に到着。島中でここだけ緑を感じさせる芝生の丘に立つと、京浜運河と浮島・羽田に南からアプローチする飛行機などを一望できます。丁度昼食の時間で思い思いの場所で弁当を広げる人達・野球場ではキャッチボールに興じる人達などが居て、やはり島中でここだけ無人空間という印象を免れている感じがします。あと、入口脇にある大きなアンテナの聳える建物には内閣府のマークがあり、中央の広場にはヘリパッドが描かれているという風に、ただの広域避難場所とは思えない点がありました。帰宅後調べてみると、災害時に緊急物資の海上輸送に関する指揮機能を提供する防災拠点として整備されているようです。
東扇島の最後は、島のほぼ中央に位置する川崎マリエン(川崎市港湾振興会館)10階の展望台に向かいます。一応受付の方に来意を告げ、教えていただいたエレベーターにて地上51mまで上ると、目の前に広がるのはベイエリアのパノラマ・・・と言いたいところですが、今日はあいにく霞がかかって展望台からの眺望はいまいち。下↓の写真をご覧になるとお分かり頂けると思いますが、視線の先3km足らず西にある筈の扇島の工場群もよく見えません。気候の条件がよければ日中でも扇島が一望できると思いますが、21:00まで営業している展望レストランからの夜景は素晴らしいそうですので、お得感を味わうならば夜訪れるのが良いかもしれません。あっ、トンネルがあるのか・・・(^ ^;)
なんとなく中途半端になってしまいましたが、今日のチャリ行ではトンネルの印象が強すぎて、あとの場所は霞んでしまったというのが正直なところです。アゼリアの住吉で買った久寿餅を帰りの道々各方面に配り、本日の日課は終了です。

展示されているホオジロザメ「かわジロー」について
展示されているホオジロザメは、全長が4.85メートルのオスで、平成17年10月26日、川崎港の千鳥運河に漂着しました。
オスとしては世界最大級のものであり、東京湾近海での分布の証拠として学術的に貴重なものといえるでしょう。このホオジロザメは大きな外傷もなく、その死因や漂流経路などは不明です。また解剖の結果、胃の中からイルカの尾が見つかりました。
ホオジロザメの大きな個体の記録は各地に残されていますが、その殆どが全長や体重といった数字の記録であり、標本として残されていても顎だけのことがほとんどです。今回のホオジロザメは、体の各部の大きさが詳しく計測されただけでなく、現在生きているホオジロザメの形態や系統を調べるため、えらや脊髄、遺伝子分析用の肉片などの標本が神奈川県立生命の星・地球博物館に収蔵されました。また、このような標本は、昔のホオジロザメ(ホオジロザメの化石)を調べるときにも大いに役に立ちます。サメの仲間はほとんどの骨が軟骨でできているので、多くの場合、サメの化石として発見されるのは固い歯と椎体です。サメの化石と今生きているサメと比較すれば、化石となったサメの全長や体重を推定できる可能性があります。しかし、そのためにはより多くの標本が必要です。今後も標本の蓄積が進められることで、今回のホオジロザメの重要性はさらに増すことでしょう。
なお、愛称の「かわジロー」は、かわさきの「かわ」とホオジロザメの「ジロー」を合わせたもので、2800通以上の応募の中から選定されたものです。
~以上、川崎マリエン(川崎市港湾振興会館)発行の案内より引用~
【関連リンク】
ピカサ・ウェブアルバム
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wikipedia『神奈川臨海鉄道千鳥線』←クリックするとウィキペディアの当該記事へ移動します
東京湾臨海部基幹的広域防災拠点について←東扇島東公園の防災機能の紹介。クリックすると内閣府防災情報ページ内のpdfファイルへ移動します
川崎港公式Web ←川崎マリエン展望台・東扇島公園の紹介など。クリックすると川崎市港湾局内当該ページへ移動します
wikipedia『川崎港海底トンネル』←クリックするとウィキペディアの当該記事へ移動します